もしかして発達グレー研究所~凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

16中学受験、はてしない愛の伝え方

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中学高校にはなにもしてもらってません!

ぼくが通った地元中学は、

動物園、と呼ばれていた。

実際は動物園ではなかった。

猛獣もハンターも跋扈していた。

動物に例えると草食であるぼくは、

一時も気を抜けなくて、

330度の視野で生き抜いた。


高校は、県立ナンバー2の、田舎公立だ。

堅実な校風、とされている。

校則が厳しく先生の頭が固いって意味だ。



結論から言えば、学校教育が

生涯、影響を及ぼすなどという実感はない。

……実感してないだけで、

影響があると言われたら

否定しない、

330度は大袈裟だが、

物理的に広い視野は、

ああいう危機からしか身に付かないと思うし。

だがしかし、その能力をもたらしたのは

「学校の教育」ってやつではないだろう。


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授業内容は、教科書が配られてすぐ、

自習済みとなった。

先生わかってないな、

期待しちゃダメだな、と早々気付いた。

学校が楽しいはずはなかった。

昼間、家にいると、

家事や家業の負担やら姑の愚痴やらなんやらに

耐えねばならなかったし、退屈だったから

学校のほうがましだった。


今でこそ不登校は、

ホルモンバランスで起立性調節障害だとか、

周囲のせいで鬱病、というような

子どもをかばう雰囲気が醸成されつつあるが、

当時は登校拒否と言って

自己選択、自己責任以外の視点を持つ者は稀だった。

ぼくの親が許すはずもなく、

雨でも嵐でも自転車こいで、

家よりはマシな学校という空間に逃げた。


学校は自分が勉強を教わる場ではなく、

心の交流もなかった。

世の中には人が居て、

さまざまな思いがあって、

相当に薄汚れているが

皆それぞれ悩みながら、

迷惑をかけあって、

絡み合いながら生きている、

ということを

心に張ったバリア越しに

学んでいたのかもしれないと今は思うけれど

リアルがつまらないから

勉強というバーチャルに引き寄せられたと

言えなくもない。


物理的には、

クラスのリーダー格にノートを貸したり

先生やクラスの者からの質問に

答えたりしに行く場だった。


卒業生の傾向?

同級生やOBを思い出してみる。

ぼくのノートをコピーして

チェックペンで勉強していた

クラスのリーダー格は

家業を継いで工務店経営。


電気工作好きで電気工事屋。

ガソリンスタンド跡取り。

料理好きで、居酒屋。

引きこもりから親の介護。

しっかり者のリアリストは正看護師、

お寺の跡取り、葬儀屋。

議員の遠縁で役場勤め。

農家跡取り。

春になると刃物振り回して

わめいて駐在さんを困らせる村議の息子。

地元のロータリークラブ代表を

長年務めてるけど

本職がなんだかわからん名士。

やたら地域貢献しまくる開業医一族も。


稼ぎとか職業というのも、

DNAと家庭環境とかの個体差が大きくて、

学校が学歴や年収を押し上げてくれるとしても

ごくごくわずかだとぼくは思う。


私立私立という親は、学校教育の影響というものを

ポジティブにとらえすぎているのではないか。

夢見すぎてないか。


……脳内で

関連リンクがpop-upしたので開いてみる。

……あの開業医の

一人息子がいたんだった。


医者の一人息子

ぼくが6年の時入ってきた、

はんなりとした1年生だった。


田舎だから小学校は当然同じで、

お互いいつもひとりだった、

いや、

彼を取り囲む者たちはいた。


ぽっちゃりしていてトロいのに

頭は悪くなく、

いっぱしの口をきくから、

ちょっかいをかけられていたのだ。


一人息子を溺愛する両親はそれを知り激怒して、

学校にいじめ対策を迫ったらしい。


あからさまないじりが見えなくなるころには、

学年の違うぼくのところにまで

「あいつと関わるな、親がうるさい」と伝わってきた。


彼の存在は事実上、透明化した。



最後に見かけたのは、ぼくが

神社の掃除バイトをしていた頃だから高2、

彼は……中1の9月か。

秋祭りの一角で、ひとりで型抜きをしていた。

一番難しいやつにひとりで延々と挑戦し続けて、

恐らく何千円も遣っていた。


赤い画鋲を白い手に持ち、

丸く柔らかそうな背中をいっそう丸めて

こつん、こつん、と

一心不乱に型抜きをする姿が、

ぼくの見た彼の最後だ。



ぼくと同じ高校に入った。

医学部志望だったがバブルがはじけて

医学部の難化が始まって

どこの医学部にも引っ掛からなかった。

東京の有名な予備校の寮に1年入った。

2浪目が決まって地元に戻り、

実家の離れに住んでいたが、

心臓発作で死んだ。

葬式はなかった。

床屋の従兄から後日聞いた。


とかくいろいろいるんだ、

学校教育に影響されるなんて

あってたまるものか。



矛盾

……ついさっきまで、

一個体の言動を私立一貫教育のせいにしていたぼくは

自己矛盾も感じてはいる。

混乱している、と感じる。



ぼくは学力は本来個人プレイだと思ってる。

それを元に

獲得する経済力も、個人次第、自己責任だ。


私立の広報や、私立に行かせようとする親は、

その認識が甘いのではないか。


いい友達ができて、

友達が勉強するから自分も、となるから良い、

うちの子の学校は留学に積極的だから

行くのが当たり前の雰囲気、

なんてことを狂信者の眼をして言う。


妻も恐らくそういう論理展開で

もしおの中学受験を推してくるだろう。


そのメンタリティでは

まわりが勉強しなければ、

自分も勉強しない、となるだろう。

同調圧力で海外かぶれになったところで

地獄を見るだけだろう。


下らないお仲間体質や依存心を助長させて、

どうしたいのだ?


ビッグになってほしい大切な子が、

人任せで、

温室で

促成栽培されて、それでいいのか?


完全無欠ないい友達に出会い、

我が子が劣等感の中に沈むリスクは

少しも考えないのか?



親たちは、我が子が、

個性を伸ばし、

稼げる仕事に就き、

人より上に立ち、

人より多く稼ぐことを

望んで私立に行かせるのではないのか?


資本主義の勝者になってほしい、

なのに

同調圧力で「まわりと同じように」勉強させたい、

しかし自主性をもってほしい、とか。


一生の友達を得てほしい、

なのに

競いあって高みを目指してほしい、とか。


……矛盾とまでは言わないが、

求めすぎではないか?

うーん、自分でもごちゃごちゃしてきた。

もしおへの願い

息をしっかりと吐く。


もしおを軸に考えるんだ。

もしおに望むこと。


幸せでいてほしい。これに尽きる。



親や大人の顔色なんて見ずに、

自由にのびのび育ってほしい。

ぼくはもしおの笑顔を見ていたい。

受験なんて、やりたいときにすればいい。

サラリーマンをするなら、

名のある大学に行ってほしい、

学歴コンプレックスを持たずにいられるぐらい。

まわりの目など気にせず、と言う思いとは

矛盾するけれど……。


億万長者になることは望むべくもないが

やりがいのある仕事に就いてほしい。

あ、やりがいだけじゃだめだな。

売れないミュージシャンとか嫌だな。

家族を養えたほうがいいな。

蓄えもいるし。

金はないより、あったほうがいい。

無理ならぼくら夫婦が援助してもいい。

今と同じかそれ以上の生活を

させてやりたい。

もしおと、まだ見ぬもしおの家族には。




何が起きるかわからないこれからの時代の

幸せがなんなのかぼくにはわからない。


それでも

大切な人を守ったり、守られたり、

笑ったり、笑顔にさせたりすることは

尊い生き甲斐になるだろう。


大切な我が子、もしおには、

友達のいないぼくがもしおに教わった、

この笑顔を守りたいという気持ちの尊さを

生き甲斐を、実感してほしい。



……おっと、驚いた、

ぼくはこんなにも多くのことを、

我が子に期待しているのか……

こんな親父は重いかなあ。

Kがくれた言葉

もちろんお金や仕事があったほうがいいとぼくは思っていたが、

それだけじゃないと思わせてくれたのはKだった。
*1

それを最優先してきた人は死ぬ前に必ず

「もっと家族と思い出を作ればよかった」

「もっと、旅をすればよかった」

と後悔するものらしいよ

……と、Kが呟く場面が

関連付けられて現れる。


もっと仕事を頑張ればよかった、

もっと稼ぎたかった、

という後悔を抱えて死ぬ人はいない、と。



その言葉はぼくの心にずっと刺さっている。


どうだ、学校の影響力なんかより、

こんな何気ない言葉のほうが

ぼくの生き方に影響を及ぼしているではないか?



そうKに教えたのはKの父だ。

父も近々同じ後悔をしながら死ぬのだろう、

とKは呟いた。

有名私立中高一貫卒、

文IIIフラ語クラスで出会ったKは

時々こんなふうな、哲学的なことを言って、

ぼくの人生観に強い影響を与えた。


私立中高一貫卒の、友達……

と呼ぶ資格がぼくにあるかはわからないが、

一般的にはそう呼ぶ関係にある者から学んだ。

ぼくの人生観の礎だ。


やっと気付いた、影響

あれ。おかしいな。

ぼくは、友達なんて邪魔、

要らないというのが持論なのに。


思いっきり、影響受けてるじゃないか。

友達ってやつに。




またpop-upするのは

大学の語学クラスでのシーンだ。

ある城北卒は、

日頃は爽やかなお調子者を演じながら、

ぼくがうんと背伸びして図書館で借りた本を

「難しいけど、いいよねぇ!

高校でそれ題材にディベートさせられたときは、

よくわからなかったけど

俺も受験終わって読み直したー」、

と言った。

女子たちもそれを見て、

「やったやった懐かしい!うちは中学でだけど」

と言っていた。


当時のぼくは、見下されたと怒りを感じたが

怒りの鎮火に成功した今思い返すと、

論点にすべきはそこじゃない。


あの難解で深遠な作品について

ディベートする相手が居る中学高校って……

時空が歪んでないか?!

すごすぎないか?!

そんな空間が日本にあるのか。

今改めて驚く。




もしかして。

私立中高一貫に惚れ込み貢ぐ東京の親たちも、

我が子にビッグな勝者になってほしいだなんて

思っていないのではないか。


ぼくとそっくりな親心を持っていて

自分の子が人の上に立ち、人より多く稼ぐことなんて

教育の目的としていなくて、

目的は、同じ、子の幸せ、で。



多感な中高時代、

知的なやりとりを楽しめる仲間と過ごすことで

こういう人の密度の高いところで

生きたいと思ってほしいとか、

親以外の人の影響を強く受ける時期だからとか、

それぞれ考え抜いた結果の苦肉の策が、

東京では、中学受験、

私立中高一貫、なのか?


私立中高一貫というのは、

高学歴高収入養成機関ではない、ということか。


じゃあ、なんなんだ。


サロン……


そうだ、サロンだ。

サロンでの学びと出会いに、

思春期を迎え親から離れる我が子の

大切な未来を託す、ということだとすれば……


過保護であることは否めないが、

ぼくとて、全く相容れない、ということはない。


ぼくだって、

もしも中学でKのような男と出会えていたら、

東京に友達がいないと思われたくないから

2-3回に1回誘いを断る、なんて見栄を張らずに

もっと素直に付き合えていただろうし、

もしおの進路について

忌憚のない意見を聞くこともできただろう。


……とも思うし、

勉強そっちのけでいろんなテーマで語り合って……

二人とも大学は受からなかったかも。

そんなに話が合う友達がいたら毎晩飲み歩いて、

結婚なんてどうでもよくなっていたかもしれない。



ぼくは混乱している。

子育ては、あまりにも複雑だ。

その子が年老いて死ぬときに

「いい人生だった」と思ってくれたら

ベストなエンディングという

はてしない物語だ。



ああ、愛するもしお!教えてくれ!

君の幸せは、どこにあるんだ!


君を一生幸せにしてあげられるなら、

ぼくはなんだってするのに。



親が子どもの精神的な支えとなれる期間は、

恐らくあとわずかだ。



ぼくは君のために、一体何をすればいいんだ……






続きます!

【17】
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