「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

学校、園で叱られています

異文化を尊重する

環境により、お作法が異なることを教えましょう。

お作法を無視しますと、余計なストレス半端ないです。
そのストレスのせいで、さらなるやらかしが生まれます。

外国人が日本の温泉で水着着て泳いでいたら……?
日本人が外国のスパで、スッパダカで寛いでいたら……?
現地の文化を尊重すべきだよ、と、わかりますよね。

そうなのです、郷に入っては、郷に従え、って大事です。
学校では、学校の文化を尊重しましょう。

学校文化のお作法

学校には、
人権より秩序重視
事実よりも感情重視
数はパワー
先生は偉いってことにしておく
廊下は、他の悪さをしない子が走っても叱られない
などのルール、お作法があります。

学校に通うかぎりは、学校文化におけるルール、お作法を学びましょう。
それがたとえ、自分の価値観に反していても。

「我が子には絶対的正義を通させたい。孤立無援でも悪に立ち向かうべき」
って親御さんは……そーゆことはさ、お子さんの戦闘力を鑑みて言えよ(笑)。

留学生モード、おすすめです。
将来留学や海外赴任したときなど、カルチャーショックが軽くて済みますよ。


必ず身に付けてほしいお作法のなかでも、「叱られるお作法」は、特に重要です。

叱られる作法とは

先生に呼ばれて叱られる、あれです。
イメージわきますよね。

あれ、先生の感情を煽らず、なだめ、最小限の時間で最大限の「反省してます感」を言葉と態度で伝える儀式です。

加害者役と被害者役がいる場合は、加害者役は、先生のなかにある結論を推察し述べるかたちで尋問されます。事実を述べると叱られることがあるのはこのためです。

「……ということだな」と言う先生の言葉を遮らずに ハイ ごめんなさい と言えると、たとえやってもいない悪さを認めることとなり罪が増えるはずのときでも、なぜか時短になります。

つまり、罪の重さや事実関係よりも、反省や改善の約束よりも、叱る側と被害者役の感情をなだめることがなにより大切です。

先生としては、
「ごめんなさい、もうしません、絶対」
「なんでこんなことをしてしまったのか……本当にごめんなさい、二度としません、誓います」がそれらしく引き出せればすぐに業務に戻れて、いらいらせずに済みます。
先生激昂ケースは激減します。

しかし、おわびワードと態度を引き出さねばならぬ!と思い込んでいる先生(ほとんど全員)は苦労してます。

被害者役は、いかにも弱々しい子やアピール上手な子が多く務めます。許そうが許すまいが、いいよ、で笑顔でふんわり握手、みたいな、これまた難度高い儀式に参加させられています。

意味がわからないから混乱する

学校文化では当たり前の叱られ儀式。
表向き「反省」を求められていますが、実際必要なのは相手の感情をなだめる言動。

論理的な子は、モヤモヤするに決まってるんですよ。
モヤモヤしすぎて、自分のこと、棚に上げちゃうの~


しかも
・先生が感情的になりやすい
・実地体験ばかりで、ロジカルな説明がない
・本人が第三者となり見て学ぶことは期待できない
・回数が多い
・やらかしっ子の叱られる姿を繰り返し見ることになるクラスメイトが「あいつは叱られて当然」「あいつを批判するのは正義」と思い込むことがある
・繊細なクラスメイトが、エスカレートする叱られシーンを怖がって登校拒否したりする

などなど、自分やまわりにモヤモヤ材料を大量に与える関係で、多方面から精神的な圧力を加えられます。
そして、納得できない状態から抜け出せなくなります。

実地においては、強すぎるストレスがかかっていて、情報の取捨選択に必要な空きスペース(ワーキングメモリ)が不足し、「怖かった、嫌だった」などの感覚しか残らないので、本来するべき振り返りと課題設定が行えません。


叱られ下手な子あるある!

学校お作法に反する言動

・「なんでこんなことをしたの!」と叱られて、自分の問題行動の背景・原因を述べてしまう。コナンくんばりに
・叱られているときに、あらぬ方向を見てしまう
・叱られているとき、ムッとした顔してしまう
・脳がフル稼働→疲弊→あくび
・叱る人や、被害者・証言者(仮)を睨む
・○○ちゃんだってやってたのに!
・納得できないと謝らない
・もう絶対しません、と言えない
・お叱りが一段落したとき、ふてくされた挙動をする
・「もういい!!」とキレた先生を見て「わーい!さよならー」と立ち去ろうとする

などなど……。

これらは「素直なストレス反応」なのですが、大多数の大人のメンタルの火に燃料を注いでしまうのです。

多くの子は、適宜自分を偽り、素直な反応を隠せるようになります。
そうして、かたくなに自分を保ち続けようとする叱られっ子は、ますます「なぜか自分ばかり叱られる」と思い込んで、さらなるストレスを背負い込みます。

みんながみんな感情的になりすぎ

繰り返しになりますが、
多くの小学校は、感情文化圏です。
(先生たち、そして園の先生、クラスメイトの母親たちも、文系が圧倒的多数派であることと関係があると思います。)
学校のお作法が身に付きやすい子は、感情語が母国語の子。生まれつき、身に付けやすいです。

叱責シーンを、落ち着いて眺める機会を!

クラスナンバーワンのやらかしっ子にはなかなか「謝るシーンを真面目に、冷静に見る」機会がありません。
身に付けるために、おうちでシミュレーションしましょう。
「叱られ方は、叱られていないときに学ぶ」これ、大原則です!

感情文化圏と、論理文化圏では、「なんでこんなことしたの!」「もういい!知らない!」という言葉に返すべきリアクションが全く異なります。

トイレにおもちゃを詰めてしまった例「なんでこんなことしたんだ!!!」

論理文化圏においては、「なぜ……だと思いますか」は、指摘された言動について、背景、原因を導くトリガーワードです。

「はい!
トイレに物が詰まると大変だと聞いたので、どんなふうに大変なのか知りたくなりました!そこで!何かを詰めようと思いました。トイレットペーパーは溶けやすいし色がわかりにくいので、折り紙を流してみました、1枚では足りないと思い、たくさん入れて、水を(中略)ドヤッ」

(そんなやつ居ないだろと思われました?実話です)

こんなの毎回やらかされて毎回聞かされて、その都度うわこいつ面白れ~な~!と思ってくれる先生は、レアです。(っていうかお仲間か仙人なので、楽しい学校生活になるでしょう。
お子さんにとってイージーモードすぎるので、おうちでがっつり負荷かけてください。)

感情文化圏でそんなリアクションしたら?!!!

言い訳するな!言い訳になっていないぞ!、と感情語で叱られるでしょうね。


それぞれの文化や状況に応じて、求められているリアクションをセレクトすることが必要です。
「自分で考えろ!」と言われても考えるには脳の余力が必要なので、平時に、叱られ方をインストールしましょう。

論理文化圏の子(=屁理屈ばかりの子)には、感情への対処法を、ロジカルに、効果が感じられるように、教えてあげましょう。

なんでこんなことをしたんだ!!と言う人が求めているのはなにか、を、パターン学習しておくことで、状況に合わせて瞬間的に反応できるようになります。
ならなかったらごめんね!

しょんぼりして謝って、許しを乞うて、
許さない!!なんでやった!?としつこく聞かれてもやらかした理由は聞かれていないと思え、
ひたすら、今度から気を付ける、もう2度としないのバリエーションにして、
1日健気かつ神妙にしていなさい、たとえ自分が悪いと思わなくても。

先生の立場や状況、あなたの演技力によって、許すか許さないか決めますが、このときの許す許さないということには深い意味があるわけではないのでとりあえず気にせず、お作法通り演技。
事実よりも、心証。

もう2度としないという言葉がないと、お小言を終われない縛りがある。
2度としないなんて約束できないと思うかもしれないが、感情文化圏では事実よりも他者感情を優先したほうが生きやすい。
ここでは先生の感情を優先し、お小言を終わらせるためのキーワードをお作法通りに示そうね

叱られながら反省してホントに二度とやらかさなくなれば理想ではあるけど
まぁ、この年齢ではなかなか、まだ難しいから。私だって、出来たり出来なかったりだし」

などと教えてみましょう。
おうちで何度もシミュレーションしましょう。
もちろん、先生役をお子さんがやることも大切な経験です。

愛されキャラコースかエジソンコースかで愛されキャラを選ぶなら、「感情文化圏における叱られ方」を体得させるための労力を惜しまないでください。
さもなくば、
論理文化圏に軸足のある子は、いつもどこでも叱られストレススパイラルに陥ります。

ストレスからやらかし、やらかすからストレス増える!それでも「絶対もうしません」が言えない

……あるあるです。

なぜなら
理系の価値観では、絶対ナイ、2度とナイという言葉はとても慎重に扱うべきであり、0.00000000001パーセントでも可能性があるならば絶対ナイと言うべきでない!ということを生まれつき身に付けやすいのです。


物心つく前から辞書語を重視する子、つまりASD傾向のある子は、感情語も辞書語として解釈しようとしてしまうため、地獄の釜で茹でられるよりも苦痛なようです。

美徳にもなりうる「正しいことへのこだわり」が、自他に突き刺さる剣になってしまっているわけです。

是非、「文化圏によって、言葉の定義は異なる」という原則を伝え、感情文化圏で使える脳内辞書を作っていってください。

ストレス下で反省したことは忘れます。

まさに怒りの嵐の中では、叱られる作法を用いて、心を守りましょう!
ポーズ・演技を、事実や反省よりも優先しましょう!

ストレスの嵐が去ってから、家族の大人などと共に改善策を見いだすのです。

ずるいようでいて、実は、いちばんよい反省の仕方です。


では、どうやってそれを、かたくなな子に、怒りの嵐をやりすごす叱られ方を仕込めるのでしょうか?
これは、ケースバイケースです。
お子さんのため、 一緒に考えましょう。ご相談お待ちしています。