「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

それでも担任に頼りますか?7

いい先生はいないのか?

 

いらっしゃいます。

地上に降りた最後の天使!!みたいな先生。

 

いるにはいる。

 

でも絶滅寸前。

 

絶滅してからでは遅い。

地球に降りた最後の天使、見つけたら全力で保護してあげてほしいです。


目の前の子どもたちに全力投球しがちで、力尽きるのは時間の問題だからです。 


既存の学校ルールに縛られず、子どものためにと心を尽くしてくださる「いい先生」。


彼らがいい先生で居続けられるのは、彼らが子どものため「だけに」頑張っているからではありません。


子どものためだけに頑張っていると、大抵心を病みます。

現代の教育は人権や思想の自由等縛りが厳格化し、親でなければ許されないことばかりで遣り甲斐よりも徒労感のほうが大きいです。

しかも、「いい先生は迷惑」「前年度の担任が人気者だと嫌」「隣の神担任クラスは楽しそうなのに…とdisられてばかりで鬱」というのが多くのフツーの先生の本音。

クラスの雰囲気を良くするために心血を注ぐ担任ほど、他の教員から妬まれ、足を引っ張られることがあるのです。



そんな魑魅魍魎の世界にありながら、子ども思いの先生として教壇に立ち続ける神先生がいます。


彼らに共通しているのは、たとえ意味不明でも「学校のお作法」を守り、「ヒステリー教師の思い」を尊重するというライフハックです。


朝令暮改の文科省が思い付いては科してくる     雑    用   を、

他の教員の分まで「やりますよ!!喜んで!!」と背負うなど、 

自己犠牲しまくっていらっしゃるのです。

だから、「子どもと保護者のための独自の関わり」が許されるのです。


皆が嫌がる仕事を引き受けて、文句ひとつ言わずこなしている先生に対しては、どんなに卑屈な教職員たちでも、追い落とすようなことはしません。

この人を潰したら損する、と言うことぐらい、ネズミサイズの脳ミソでもわかるからです。



子どもに人気な先生、その多くは、教員室では、基本、肩身が狭いです。

いわゆるふつーに不人気な先生たちやふつーに無能な先生たちの嫉妬の的となります。


たとえるなら、そうですね、「佐藤ママはこうしていましたよ」「佐藤ママならこうしたでしょうね」、と神親の例を出される庶民ママの気持ちに近いと思います。


んな奴のこたぁ知らねーよ!!!!!


と思いませんか?


「去年の先生(神)はこのように対応してくれました!」等、フツーの教員に対して神対応を要求することは、しないのが得策です。

何気なく要望してしまいがちですが、実は、神教師を絶滅に追いやる悪手のなかでも最も強大なエネルギーです。


親にも劣等感があるように、教員にも劣等感があります。劣等感を刺激したところで、ロクなことになりません。

「比較されて、ハズレだとか、ぼろくそに言われるこっちの気にもなってみてほしいですよね…」

「ビシッと叱らないから人気あるけど、次の一年に皺寄せが来るんだから、いい先生ぶるのマジやめてほしいですよね!」

神先生への風当たりがキツくなるだけです。


神は甘やかしたり過保護したりしてるわけではなくて、ABA や認知行動分析によって、恫喝せずとも、好ましくない行動を望ましい行動にシフトさせてたわけですが、

それと同じようにあなたもやって!!と言われても、

そんなこと出来ねーよ!

となります、無理もありません。


こうして、持続可能性、再現性の低いスペシャルな指導は、多数の先生から嫌われます。


オトナ気ないなぁ!と思われるでしょう、でも想像してみてください、

「お母さん、佐藤ママ見習って、子どもとの関わり見直してくださいよ

「今度のお父さんはダメだな、ハズレだな」って。

ずっっと言われ続けるんですよ?神先生がいる限り。


孤軍脳は、キレるか、病むか、おちゃらける。

集団脳であれば、寄ってたかって神先生を叩く。

子どもや保護者から見た「いい先生」の生きる環境は本当にキツイです。


でも、妬みっぽい先生でも

「雑用を大量にこなしてくれてる先生が病んで、退職や長期休職したら、コッチに分掌が回って来ちゃうな…」

ってことぐらいなら、わかるんですよ。


「人気取り教員と比較されるのはむかつくけど、大量の雑用引き受けてくれる先生を攻撃するのは損だ」

この認識を教員室内に浸透させてはじめて、神先生が神先生で居続けられるのです。


※中には神タイプではなく宇宙人タイプの神教師もいます、こちらは職員室で「雑用、致しません」と放言して嫌われまくってドクターX 大門未知子みたいな状態。

(大門先生というメンタルモンスターでさえ、日本を去りましたね…)


 


神先生も生身の人間


保護者対応も子ども対応も誠意尽くし、教員室の雑用もこなしている神先生に、家庭はどーなってんすか?と聞きますと、崩壊、あるいは同居の実家親に丸投げ、という声が聞かれます。

また、若くして健康を害していらっしゃる方も思いの外多いです。


神先生には、いわゆる真心、誠意があります。 

誠意って、単なる口先だけじゃ百戦錬磨の母親たちに見破られます。

神先生は、誠意を、具体的な行動で示しています。

親が仕事から帰り家事したりのんびりしたりしてから「ああ、そうだ」と学校に電話をしても、なぜか学校にいる。しかも、丁寧に話を聞いて、受け止め、適切なフィードバックをくれる。

これは異常なことです(残業代は付きません)。

こうして、子どもだけでなく、親たちの承認欲求も、手抜きや贔屓を感じさせずそれぞれ満たし、導いて行くことができる、ごくごく一部の神先生だけが、持続可能な神先生となります。



親御さんの中には、「うちの子は傷付きやすいから叱らないで」「もっとガツッと叱って下さい」とおっしゃる方もいらっしゃいます。

いやいや、1対1ならともかく、 世の中の多くのお母さんを嘆かせている「夫と子供の世話」「仲の悪いきょうだいの世話」20-40件ワンオペで抱えているような担任にそれを望んで、誰のためになるでしょうか。

「宿題多すぎ」「宿題少ない」「丸付けは先生の仕事でしょ」言いたくなるのはわかりますが、これも親のわがままです。


神先生は、親自身のメンタルケアまで背負い込んで、次々に成功させていきます。

そのために、保護者たちも、ついつい頼りたくなってしまうのです。


なるべく頼らないほうがいいです。

 

頼ったところで、神な先生とは、近々サヨナラせねばなりません。


神先生に依存する経験をしたあとの親子は、基準を厳重にコントロールしない限り、先生全般に対して無意識に期待のハードルを上げてしまいます。


「今度の担任、ダメだわ。あのときの先生だったらよかったのに…」と一生焦がれ続ける親子は多いです。これはメンタルに良いはずないです。



神先生の生かし方 活かし方

 

神教師は魔法の使い手だと思いましょう

一般ママが佐藤ママになれないのと同様、一般教師には真似できないと知りましょう。

神先生との1年は、期間限定のボーナスイヤーだと思いましょう。


ご家庭でのお子さんの情報は伝えると良いと思いますが、

子育ての愚痴こぼし相手として便利に使ったり、

個別の配慮をしてもらおうとしたりするのはおすすめしません。


(こういうと、すでにとっても遠慮がちにしていらっしゃる親御さんほど、頼らなくなってしまう傾向があるので、難しいですね…

無神経な人はさらに無神経に、

細やかな人はさらに細やかになってしまう…

不特定多数向けの情報発信は苦手です…)

 


気を付けてほしいことは、ボーナスイヤーとは、親がのんきにしていていい時期ではないということです。

神先生が学校で承認を与えているボーナスイヤーは、親が学校外で子にしっかり負荷をかけていい時期、家庭で伸ばしやすい期間と言えます。


担任が有能で、学校でのびのびできている年のお子さんは

家庭でも落ち着きを見せやすいため、親も安穏としたくなりますが

 

ダメです!

 

ボーナスイヤーは学校で承認を受け、比較的のんびり平和に過ごせている分、

家庭ではがっつり負荷をかけて伸ばします。

負荷調整の難しい子にとって、貴重な飛躍の年、のんびりまったり終わらせると、思春期以降の予後が悪く、後悔につながりやすいです。

 

                           


猛毒親になりたくなければ、担任ガチャに我が子の人生を委ねるな


担任ガチャは当たりが少ない上、引けるのも基本、年に一回だけです。

期待値、低いです。

「勝てないギャンブル」です。

教育者の鑑のような神先生はレアで、

ひどい先生は、無能どころか人間失格レベルです。


我が家もクソ教師を憎んでいました、でも、あとになってわかりました。

残酷なクソ先生に我が子がぶちのめされたからこそ、私たち保護者のコミット力、分析力は引き出されるのです。

クソ教師に出会うことで、親の責任感と、良好な親子関係を、より緻密に持つことができます。

 


ダメ教師は試金石

 

ひっどい先生に出会ってメンタルをボコボコにされたとき、

親子二人三脚で乗り越える…

低年齢時ほど、この経験の教育効果、高いです。

困難を乗り越えると

「あいつが担任のときよりは、まし」

「あいつにボコされてなかったら、今堪えきれてなかっただろうなー」

と思える範囲が拡がります。


「あの苦難を乗り越えた」という自信と、「あれより辛かったらEXIT(登校拒否、退職)を考える」という基準は、人生下り坂を迎えるまでのメンタルを支えるために大切です。

自信と待避基準があると、乗り越えるべき試練と、逃げたほうがいい事故の違いがわかりやすくなるためです。

 

クソ担任マジで死なないかな?、というときはもちろんあるでしょう。

そんなときに備えて、「心をちょっと汚す手法」は有効です。

「きれいごとは横置き、死なないためのサバイバルスキル」を実戦投入するチャンスです。

 


繰り返しますが、先生の当たり外れ、担任との相性なんてものはガチャ(無作為なギャンブル)です。


大切なお子さんの人生を、ガチャに委ねないでください。


神先生には神先生の、合わない先生には合わない先生、ダメ教師にはダメ教師なりの役割があります。

全方位完璧、神な人にしか価値が見出だせないのだとしたら、それは深刻な認知の歪み、百ゼロ思考と言わざるを得ません。

将来のご自身やお子さんを受け入れられなくなる可能性があります。考え方を調整したほうがよいです。



ダメ教師を許さない思考はブーメランとなり、あなたのお子さんも、佐藤ママ以外の母親も、生きる価値がないとされてしまうでしょう。

学校に行かねばならない理由のひとつに、反面教師を役立てられるようになるため、というのがあります。

これをしないなら、学校なんて行く意味がないです。


当方での面談やブログの手法のなかから、使えそうな手法を探してください、うん〇担任でも、役立てることができるようになりますから!!


うん○は、汚いけど、大事なものなんですよ。適切に処理して、健康に暮らしてくださいね。

 


そして、神先生は、絶滅危惧種です

頼りすぎず、かといった引きすぎず。

できれば家庭や教員養成機関に返し、トキのように繁殖に専念させてあげたいぐらいです。


神担任との1年は学校ストレス少な目で過ごせるでしょうから、反面教師の役立て方、笑顔で内心蔑む面従腹背等、ゲスなライフハックを親が叩き込むのに適しています。


いつも読んでくださりありがとうございます。クソ担任については下記エントリーもどうぞ。