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なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

授業参観~「人の迷惑」叱るな

遅くなりました、叱責で問題行動が消えるタイプなら、とっくに品行方正スーパー優等生になってるよねぇ、っていうぐらい学校で叱られているお子さんだけでなく
むしろ「迷惑をかけては絶対にいけないんだ」と頑なに信じ、のちのち、自分が人に迷惑をかけているという現実に直面したとき、人知れず絶望してしまう、現時点ではどちらかというと何の問題もない、とされる生真面目なお子さん達にも、伝えたいことです。


質問です。
学校でのいわゆる問題行動について叱ったり、
反対に生真面目ゆえの義憤に寄り添ったりするとき、
「人の迷惑になることはダメだよね、絶対」と反復&徹底しちゃってませんか?

「人の迷惑」っていう曖昧で架空の概念を、叱責の最高基準にしていませんか?


今現在のこの子にとって、
叱られるメリットは?
デメリットは?

将来のこの子について、
今叱られるメリットは?デメリットは?

今、親や教師にとって、
叱るメリットは?デメリットは?

「環境」である、まわりの子どもたち(クラスメイト、兄弟姉妹等)にとって、
当事者を叱るメリットは?デメリットは?


もしかして、これらのことを考えず
定型文をまるごと信じて、
「人の迷惑」連発しちゃっていませんか?



お子さんのデメリットは無視。
まわりのメリットだけ重視。って受け取られても無理ないですよそれ。

やばい!今まで考えてなかった!って親御さんも、気を取り直して!
今からでも全然遅くないです!
バランスとりましょう!



「人に迷惑かけない」その基準、
ものすごく大事ですよ?


でもね、そこを強調しても、
伝わらない子には伝わらないんです。
全然。

叱られてばっかりで、ストレスぱんぱんの子に対して、
「人に迷惑かけちゃダメ!」という類いの定型文を投げ掛けると、
反発を招きます。
迷惑かけてるのはどっちだよ?!って言いたくもなるでしょう。

迷惑かけてはいけないっっ!と思い込まされすぎている生真面目系のお子さんにも気をつけて接して上げてください。
親として指導側として、共感しているつもりで
「あんなの迷惑だよねーぇ、人に迷惑かけちゃダメだよねーぇ」という言葉を安易に連発すると、後々その子自身がなにかをきっかけに人に迷惑をかけている、と思い込んでしまったとき、ボディブローのように効いてきてしまいます。
親やクラスに迷惑をかけている自分が許せず、学校に行かなくなったり、倒れてしまったりする子もいます。



「人の迷惑を考えなさい」
という定型文の意図することは、
大人の皆さん、よくお分かりですよね。

その通りではあるんです、
人に迷惑かけると排除を招くし、
迷惑かけちゃった…みたいな罪悪感の処理もしなくちゃなんないし
まぁだいたい損害のほうが大きくなる。
人の迷惑にならないようにできるんなら、
そのほうがラクだしメリット大。

だから、大人たちは
「人の迷惑を考えろ」と言うんです。

小さな烏合の衆(定型とされる子ども)も、エコラリアで言う。


でも、強いストレス下に置かれている、
十分に知能の高いやらかしっ子にとっては
理解しがたいのです。


「人の迷惑にならないようにする
の、人って誰だよ?自分は人じゃないとでも?
迷惑ってなんだよ?
ようにする、ってなんだよ?
んなこと言ってたら、なんもできないじゃん!!」


「知るかよ!!!!!!!
こっちのほうがよっぽど迷惑被ってるよ!!!」

こんなふうに、言いたいんじゃないかと思います。



過剰適応系の超絶真面目、やらかさなさすぎっ子は、
(だよな、迷惑かけちゃダメだよな、絶対に迷惑なんてかけられないな、気を付けなきゃ気を付けなきゃ…)というかんじで、過剰適応となります。
適応可能なキャパを越えた環境にいますと、いずれ行き詰まりを迎え、自己嫌悪のドツボにはまります。

なにか些細な失敗や欠席などをきっかけに、
(うわああああああああ迷惑をかけてしまったあああああああああ)
と自己否定スパイラルに入るパターンです。



言語化が得意で、迷惑はなるべくかけない、けど、かけざるを得ないときはお互い様でいいとしたほうがお互い楽なんじゃないか、というかたちで、
ある時点ではストレス処理できているという子もいます
この考え方そのものは、ストレス処理に適していますが、
そのような考え方をもっている子は、知能が高すぎるんです

この案件に関するガスは抜けても、
抜きながら別の思考ストレスを背負い込むので、話せない子同様に学校ストレスは大きいと思った方がいいです。

生真面目すぎる子には、この感覚が有効です。迷惑というのはなるべくかけない、でもかけるときがあってもよくて、恩返しを仮に自分はできなくても地球のどこかで循環していればそれでいいんじゃないだろうかという概念を導入してあげるのもよいかもしれませんね。


話は変わりますが、小学校での迷惑行動トップ3は他害です。
ただ
現代の学校では、物理的他害児は減っています。
他害の避け方も、典型発達寄りはわきまえていますしね。
いつまでも他害する子もされる子も、広義の「お仲間」です。


物理的暴力の代わりに増えているのは、強い言葉や嫌味、無視などの
「不快表現」です。

中でも、「乱暴な言葉」という曖昧なものが、とんでもない暴力行為、と見なされています。
強い言葉をぶつけられている側だけでなく、
言いたい放題の子、強い言葉の力を持つ子、大きな不満や「迷惑」を感じています。

また、丁寧に育った、ピュアで物静かな子も、黙ったまま疲弊しています。
その話をしましょう。

続きます。

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