「もしかして発達グレー研究所」幸せになるためにできること!by QOLT

学校が合わない、生きにくい。そんな子達の青い鳥は?志村!後ろ後ろ!

それでも担任に頼りますか?2

「正しいことをした子たちをほめ、そうでない子を厳罰する」
これは、一見なんの問題もない指導ですね。

しかし、その時叱られている子の心理を考えてみなければ「問題ない」なんて言えません。

叱られたからといって言動を修正できない特性を持った子が、厳罰や叱責の対象となっている場合は、様子が異なります。

指導する側としても、言ってわからない、体罰はだめ、となると口頭で言うしかないですね。
(スルーするという手法は、ほかの子たちが不公平感を抱くようになる年齢以降は使いにくいです)

しかし、凸凹さんに通じる言語は、定型語の体系とはかなり異なります。
発達語(辞書的言語体系)を覚えない先生の言葉はいつまでも伝わらず、どこまでもヒートアップするのみです。
「さっきも言ったばかりなのに!聞いていないから悪い!」
クラスメイトの面前で強く叱責したあと
「みんなだって迷惑だって思ってるんだよ!だよね?ほら!みんなも迷惑だってよ!」

謝りなれている謝り上手な子はいいのです。
(謝るのだけは上手い、口だけだという嫌われ方もしますが、断固として謝らない人よりはずっと憎まれにくいです、
断固として謝らない子よりは、へらへら謝る子の方が、まだ予後がましです)
言語の受け取り方にこだわりがある子、繊細な子などは、相手の変化(怒り)に混乱してしまい、とりあえず怒りを収めてもらうための働きかけをしようという反応ができません。

(聞いていないから悪い、って言うけどさ、聞いてるよ…←話を聞く、というのは、聞いたことを言動に落とし込むということだという具体的な意味がわからない)
(迷惑って、何で迷惑?授業中断してるから?だったら迷惑かけてるのは先生なような…)
(みんな…って、誰?ちなみに、あの女子も僕と同じことやってたけど、そっちは叱らないの?)

混乱を表情に出してしまうので、「態度も悪い!」となりがちです。

ちゃんとやっている子達からすると、「そりゃあ、怒られるあいつが悪い」「悪い奴は悪い扱いでいい」「心を入れ換えるまで懲らしめなくてはならない」となります。

悪い奴扱いされる子は前述のようにモヤモヤを抱えたままです。

親に言っても「お前が悪さをしたからだろう」とセカンド叱責くらう、
または親が担任に圧力かけて受け止めきれない担任のストレスが自分に来るだけ
と学習してしまっていると、誰にも相談できずに抱え続けます。

このような指導は、園でも当たり前に行われていますので、子どもたちは「悪い行動を正すための当たり前のこと」と思っているようです。

叱られていない子もわざわざ家庭で話すようなことではないと思っているふしがあります。「今日も○くん怒られてたよ」と言うぐらいでしょう。
こういう指導が日常的に行われている学級でも、あまり外に漏れません。

しかし、発達凸凹のお子さんが独力で処理できる環境ではないです。彼らにしてみれば、どうやっても逃れられない集団リンチ状態だからです。


・担任という絶対強者主導で
・多勢を形成して
・少数派を断罪し
・連帯感、達成感を得る

という集団リンチ経験を積んだ人たちは、「みんなで協力して悪いやつをやっつけた」という快感を誤学習してしまいます。
彼らは、誤学習した結果(=味をしめて)、その後も独善的に排他的行動をするようになってしまいます。
生物学的に大人になっても、承認を得るためや身を守るための手段として、手放せなくなります。
自分と直接関係のないことにまで首を突っ込みポリコレ棒(ポリティカルコレクトネスに基づき、違反者を袋叩きにするための棒のことです)振り回しているのは、恐らく…。違ったらごめんなさいね。


多数派は、身を守るため、最終的に、硬い一枚岩を形成したいと強く願うようになります。それは、多数派の子達の思考力判断力の発達を阻害することにもなります。

このとき同時に、定型社会用の社会性が凹の子が、ひっそりと犠牲になるのです。


3に続きます。
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