「もしかして発達グレー研究所」凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

学校の闇は深すぎる~病気と思え

こんにちは、ただのおばちゃんです。

先生、嫌いですか?


そんな方へのライフハックです。


先生を、心の病気かもな、と思いましょう。


先生のうつ病率、高いです。


先生はこうあるべき!という感情を横置きして、○してやりたい先生の言動を見てみてください。

鬱病かな、統合失調症の急性期かな、薬の副作用出てるかな、境界性人格障害かな、自己愛性かな。つけようと思えば、診断らしき名前がつくと思います。

素人は診断を付けることはできない!、と社会通念上は言われていますね。
しかし、そもそも医師にしか診療・診断をしてはいけないとされるのはなぜかと言えば、
侵襲性のある治療をしたり、保険診療という公費を配分するために、一定の制限が必要なため、これに尽きます。
健康保険という公的資源を使うにあたり、どこからどこまでが病気であるか足切りする基準が必要、ただそれだけです。

個人の心のなかで、(お気の毒に)(そっとしておいてあげよう)(いたわってあげよう)と思うために診断基準を利用することは、なんの問題もありません。
誰もとがめる権利はありません。

この方法により、 実際に、双方の精神的ストレスを減らすことがたやすくなることは、多々あります。


そもそも精神科の症状のうちの多くは、客観的な評価ではなく患者さんと医師の主観で診断されています。
ひとりの医師が、個人の主観的な苦しみに対して、心の病気です、と言えば、診断がつき、保険診療で薬を出す。といった具合に。

社会資源である保険で治療したり、会社に休職願を受け取らせたり、他者への配慮を求めたり、つまり他者に負担をかけることを正当化するために、どこかで足切りしないと際限がないので、その足切りラインは医師が行うことになっている、ただそれだけです
(それだけじゃないけど)。

というわけで、
自己診断でこじらせてトータルの公的コストが増大する可能性があるならば、公の利益を害しますから、早期診断してねって話にもなります。

それだけのことです。(それだけじゃないけど)


赤の他人である個人が、内心で最初から最後まで処理する限りは、医師の診断は不要です。


先生を、あなたの脳内でクライアントさんと見なして、認知行動療法してみましょう。○すより、嫌がらせするより、効果ありますよ。



続きます。