もしかして発達グレー研究所~凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

現実と理想をすり合わせる力なしに理想持たせるのは心理的虐待

こんにちは、引き続き、ただのおばちゃんです。

子どもたちが混乱しやすいもののひとつに、理想、夢、目標という概念があります。
今日もサバイバルハックという観点で、語ってみようと思います。

☆理想が連れていく高み

多くの大成功者たちが、
「夢を持て」
「目標に向かって頑張れ」
「夢を諦めるな」
等と言うのを耳にします。定型寄りの人たちに限らず、成功者たちは皆、おうむのように無批判に
「夢を持て」
と言います。

確かに、大仕事を成し遂げるにあたっては、夢ありき理想ありきの思考システムは、とても大事な一要素です。

吉田松陰先生も、
「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。」
とおっしゃっています。

では、これは、庶民の子育てにそのまま使える考え方と言えるのでしょうか。

理想にくじかれる幸福感

成功者たちは、理想ありきの思考システムと、理想へのプロセスを無限に試行錯誤するシステムを、デュアル搭載した、神マシンそのもの。
なおかつ運と縁をもつかみとった存在です。
強烈な生存バイアスのかかった存在なのです。

そんな偉人のライフハックに、一般人がとらわれすぎてよいのでしょうか。バランスを欠いた考え方ではないでしょうか。

変な例えですが、偉人育成は、卵を3億個生むと言われるマンボウの育成みたいなものです。
299999999個の卵は淘汰されているのです。

先生たちの成功と、親の成功と、子どもの成功

校長先生や学校の先生なども、子ども一人一人の老後までを案じる必要がない立場です。

先生たちにとっては、教え子のうち数人が人格者になり、数人が慕って会いに来てくれ、数人がお葬式に来てくれれば、例え何人かが成人後自殺をしたとしても、教員生活は成功と言えます。

なんなら、都市部の先生たちは、夢を叶えた教え子にしか会わないのです。
そりゃぁ
「夢を持ちましょう」
と躊躇なく言えるわけだ。

またもや変な例えですが、先生にとっての子ども育成は、稚魚の放流事業に近いようです。
全員を生き残らせたくても、学校を離れたあとのことには、一切関与できない立場なのです。

淘汰は嫌です!

親、そして、子ども本人にとっては、どうでしょうか。
「淘汰によって存在が消えること、やむ無し」
「我が子のうち、何人かは社会の荒波に淘汰されてやむ無し」
という考えの親御さんは、恐らくこのブログの読者にはいらっしゃいませんよね。

(そういう親御さんのお子さんは、読んでくださっています!)


発達障害、多様発達、LD、知的な遅れの傾向のある方々の親御さんでなくても、これは同じです。

「子どもに夢や理想は大切」と言う親御さんはいらっしゃいますが、分析すれば、
「夢は追わせてあげたいけれど、叶わず自殺をしてしまうなんてことは避けたい。」
「我が子ひとりも自殺させずに小さな幸せを集められる大人になってほしい」

知的な親の場合、マンボウや鮭の育成のような、淘汰ありきの子育てをできるほど、余裕も度胸も冷酷さもありません。

理想や夢を絶対視すべきではない

理想は、大成功の一要素ではあります。

が、一要素に過ぎません。

理想は、試行錯誤力とセットで初めて意味を持ちます。
また、淘汰が付き物です。

理想や夢を絶対視し、重んじて子育てに関与するならば、徹底的に試行錯誤力を鍛えるべきですし、我が子を淘汰にさらすことを覚悟すべきです。

理想の実現に必要なのはそれだけではありません。
運や縁を引き寄せる性格や、潤沢な資金、つまり強力な実家等のバックアップが必要です。


それらを持たせることもせず、親や他人の毒素に対する免疫力も身に付けさせず、理想やら夢やらを持て持てと子どもに押し付け、でもうちの子が学校行けなくなったり淘汰されたりするのは嫌…

これでは、子どもは八方塞がりです。
言い過ぎかもしれませんが、心理的虐待となりうること。
子供と関わる大人は、子供は基本的に繊細であるぐらいに認識した方がよいと、自戒を込めて思います。

「自由」は究極の理想かもしれない

「自分の夢に向かって自由な育ちを」
という関わり方を懸念する人がどれだけいるでしょう。

まして、警鐘を鳴らすバカは、私ぐらいでしょう。


でも、私に言わせれば、殴る蹴るの親や、抑圧的なクソ教員の方が、徹底的に憎めるだけ、だいぶましです。

「夢に向かって自由に」
という美しい子育て理念は、目標の調整能力の弱い、純粋な子、繊細な子、親思いの子を、まんまと淘汰に遭わせる冷酷な関わり方です。


親にできるのはガイドではなく、チュートリアル

理想と現実がかけ離れていくときがあります。
それは、現実と概念のすり合わせをする機能のついていないお子さんあるあるです。

この機能は、幼児のときから見え隠れしています。

・自分の価値観以外の価値観の存在を実感できない
・ルールに忠実すぎてトラブルを起こす
・こだわりすぎ/抱え込みすぎの結果、なげやりになる/絶望する
・嫌われても嫌われても慕ってしまう
・諦めが良すぎる、諦めが悪すぎる
…等の傾向が小学校3-4年になっても消えない子は、将来、理想と現実が重ならなくなる子と大きく重なります。

大きな断崖絶壁の果てにある、高嶺の花を理想としてしまったあとのことを考えねばなりません。

やっぱりあれは無理だから、もう少し手の届きそうなところを目標としよう、とか、試行錯誤のペースを上げるぞ、というような調整を、自力でできるようになるのが遅すぎる子には、導きが必要だと思います。


遠き高嶺の花

当研究所は、高嶺すぎる花を親が掴ませてやることには、基本的には、反対のスタンスです。

親の仕事は、バランスの取り方を教えることだと思いますので、早めに高嶺の花を掴ませて
「これじゃなかった」
と失望、挫折を経験させるのはアリだと考えてますけどね。


学校や本、映画などで、理想の高嶺の花をさんざん見せつけられるのであれば、
親の仕事は、身近な花や花よりも地味な存在の魅力に気付かせること、あるいは、届きにくい花までのスモールステップの作り方を教えることではないでしょうか。


淘汰に遭わせたくない親御さんは、お子さんに対して
「私は、子を淘汰に遭わせたくない、過保護な親である」
と吐露した上で

・理想や目標は適宜、下方修正をして心を守り、適宜上方修正をして向上心を守る

・試行錯誤マインドセットを身に付ける
(失敗を叱らず、「お陰で改善ポイント学べた」と認識させることを徹底する)

こういった取り組みでいたほうが、お子さんを混乱させずに済むかもしれません。


このチュートリアルを済ませてからですと、確かに超大物になる可能性は薄まります。
しかし、超不幸になる可能性をぐっと下げることができます。

お子さんの自由な理想追求は、それからでも遅くありません。

理解不能な子どもたちのための、理解不能な関わり研究所

私たちの研究所の考え方は、恐らく多くの良識人にとって「変」で「理解不能」です。

多数派に買ってもらわなければならない本には書かれない、少数派向けの子育てハック、サバイバルハックを書いていますので、「非常識」満載です。


読まれることも多くないですし、読者の方々からのフィードバックもほとんどないので、そろそろ閉めようかとも考えながら、続けています。

それは、子どもを愛する親御さんも、愛される子も、ひとりも淘汰されないでほしいからです。


誰にでも通用する子育てはないのです。
多様な発達、価値観を知るきっかけになればと願っています。

読んでくださる方々にいつも感謝しています。


シリーズのリンク
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