「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

災いの元6自由という甘言を疑え

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こんにちは、ただのおばちゃんです。
いつものことですが、ケースバイケースですよ!

親のあり方に、正解はありません。
正解を探すのではなく、
持続可能な自分、
納得できる自分を見つけていく感覚で、親、していきましょう。

思考の刷り込み??

思考の刷り込みだとか、インストールだとか、プログラムだとか…
物騒なことを書いているという自覚、おばちゃんにはあります。
「子どもの、自由な育ちはどうなるんだ!」
「子どもは、親のロボットではない!」というお叱りも当然です。

発達障害 多様発達であっても、人生のキャンバスを木組みから自力で行い、描き上げる子どももいますからね。
また、徹底的な管理教育を経て、心折れた子どもの話もいくらでもあります。

自由にのびのびすくすく、そりゃあ理想です。

でも…
自由にさらされ、途中で迷子になる子どもも、とても多いと思っています。

強い制限つきの自由・肯定なのに「自由、のびのび」と呼んでいませんか

意識高い親御さんたちを中心に、
厳しく叱ってしつけることが敬遠され、
「自由を尊重する育て方」と「肯定メインの育て方」がスタンダードとなっていますね。

そりゃ、自由を尊重してもらえて、叱られずほめられまくる育て方なら、子どもは喜ぶでしょう。

しかし、その二つの手法は、本当に…刷り込みも、介入も、ない、理想の子育てたり得るのでしょうか?


我々は、こう考えます。

衣食住を与えている時点で、親は、生殺与奪の権を握ってしまっている、と。
子どもは、親に、命を握られてしまっているのです。
親は、親である時点で、子の自由を奪うという、原罪を背負っているのです。

大人は子どもにとって、支配者であることは間違いなく、同時に、加害者に近いという感覚です。


命を握る絶対権力者から自由を与えられた子どもたちに、真の自由があるのでしょうか。

自由だよと言いつつ拉致監禁監視?

当研究所は、
「自由な育ち」を推奨する親が、扶養する子に与える自由とは、
とある組織がジャーナリストを、監禁し衣食住与えながら
「自由に記事書いていいよ、大丈夫だよ」と微笑むような、
「見せかけの自由」に過ぎないのではないかとして、警鐘を鳴らす立場です。


研究所の考え方は、
親を含む大人は、子どもの生殺与奪の権を握り得る、圧倒的な強者。
子どもは、扶養者に、命を握られてしまっている。
子どもをいかに尊重しようとも、大人の保護下にあるかぎり、多様発達者が認識可能な真の自由はない。
自立するまで、親から完全に自由になることはない。

…というところがスタートです。


とある組織が監禁したジャーナリストに「自由だよ、自由に記事書いていいよ、大丈夫、安心して、自由に生きて」と促すスタイルではなく、
「生き延びてほしい。
あなた自身生き延びたいなら、自由なことは書かないで。
自由に考えるのはいい、抽象画もいい、ファンタジー小説もいい、ハミングもいい。
でも文や写実画を自由に書いてはダメ、監視担当者を批判するのもダメ。
生き延びたいなら、制限つきの自由で我慢して。
生きなくてもよいなら、言動の制限はない。」

というように、権利や立場、暗黙の了解の、徹底的な言語化、明文化を目指すスタンスなのです。


「加害者」「思考の刷り込み」「思考プログラムのインストール」と当方はしばしば申し上げます。
読んでくださる保護者のかたがたはギョッとなさるかもしれません。

敢えて、ギョッとしていただいてます。

私たちは、親であることの責任、大人として子どもと関わることの責任の重さを、全ての大人が知った方がいいと考えています。
僭越ながら敢えて、ギョッとしていただいています。

ご理解いただける親御さん祖父母の方、守備範囲が互いに重なるお子さんとのみ、協同させていただいています。

子どもたちよ、いつも忖度ありがとう

子どもは、多かれ少なかれ、知らず知らずの内に大人におもねってくれています。

親の勝手で生まれてこさせられて、生きて、そこにいてくれるのです。
私は、子どもの寛容さ、心の広さに、感謝せずにはいられません。

その、尊い子どもたちの幸せを願います。


子どもの幸せがなにかはわかりません。そこで、大人とともに試行錯誤するわけです。これが我々の言う介入です。


同時に、価値観はオセロのように白黒奪い合うものではなく、レゴや積み木やプラレールのように理論上無限に併存可能なものだということを徹底して伝えます。

大人とともに行う試行錯誤も、価値観は侵害し合うものではない(絶対的な価値観は、ない)と子に実感してもらいながら伝え続けることも、「思考の刷り込み」です。

多様な価値観・思考を、多様なままパターン記憶させる、ということですから、作業量は膨大です。
でも、ある程度のベースが出来れば、自力で多様な価値観に対する寛容さを身に付けていきます。

幸福感を得やすい人生にするための関わりが、我々の介入の主目的です。
「違う価値観を知ることを面白いと思えるように、思考のベースを組んでいく」、責任とやりがいのあるプロジェクトだと思いませんか。


承認欲求との上手な付き合い方は、一生かけて身に付ける価値のある、難しい取り組みです。
でも、やってみる価値はあると思います。

www.asdadhd.jp
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