「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

アドラー心理学2嫌われる勇気の危険なところといいところ

☆他者の評価を一切気にしないと四面楚歌になる

アドラーは、「嫌われる勇気」を持つことをすすめています。
「あなたの事を嫌う人が周りに誰もいないとすれば、あなたはとても不自由な生き方をしている。

もし、あなたが言いたい事を言ってやりたい事を好き勝手にやっているのならば、周りにはあなたを嫌いになる人がいるはずである。

従って、あなたが人から嫌われるという事は、あなたが”自由”に生きている事の証であり、自由に生きるために必要不可欠な要素と言える」

嫌われるのは自由の代償だよ、人から好かれようとしては自由になれないよ、嫌われるという代償を払ってガッツリ自由になろうよ♪、ということです。


いかがでしょう。
他者承認欲求とかしゃらくせえ、かなぐり捨てちまえ!!というアドラーの考え方。


確かに、アドラーに従えば、他者の承認が不要になります。
心は自由になり、言動も自由になります。


ただ、アドラー心理学には落とし穴があります。

アドラーの価値観だけに染まっていくと、他者も承認も否定も、ただそこにあるだけ、と感じられるようになります。
怒りも憎しみも基本的になく、悠然と、自由に過ごせるようになります。

これは、人間関係のストレスに悩む全ての人にとって、大きなメリットと言えるでしょう。

しかし、メリットだけではありません。デメリットもあります。
終始「興味ない。他人のことは。」で生きていくとは、つまり花沢類@花より男子 初期の調子です。
成績優秀大金持ちのイケメンであっても、幸せそうには見えないですよね。
それは、感情優先の社会においては、「他者感情なんぞクソの役にも立たねぇ」というアドラー心理学は、邪教みたいな存在だからです。

☆すごくラクになるのにちっとも広まらないアドラー

メンタル保護によく効くアドラー心理学ですが、しかし、実際には、アドラー心理学的な思考を身に付けている人は、一部のメンタルエリートのみ。ごく一部です。

メンタル庶民には、アドラー教の信者はごくわずかです。

なぜでしょうか。


それは、小乗仏教(上座部仏教)である禅宗が、武士の仏教とされ、庶民に広まらなかったのと少し似ています。

「感情にふりまわされるなぞ笑止。傷付かない心を作るべき。精神修行不可欠」な新興宗教ルールを、「感情こそ唯一にして至高の基準」と公教育を受けている一般社会に持ち出したら、どうなるでしょう。

「人の気持ちを考えろ!!!」「人間の心がない奴だ!!!」となじられ嫌われるでしょう。真っ向から否定されずとも、ひどい扱いを受けることを想像するのはたやすいですね。

アドラー心理学の、内面を研ぎ澄ませ自己完結に至らせるがために、他者承認を必要としなくなってしまう点は、諸刃の剣なのです。

人を巻き込んでの相互承認ごっこでなんとか自尊心を保っているメンタル庶民(いわゆる定型発達、典型発達群)には、受け入れ難いものです。

人の助けを得ながら生きていくのだと仮定しますと、アドラー一辺倒では詰みます。

真のメンタルエリートは、「人は一人では生きられない」ということを謙虚に受け止めています。そのため、心を侵害されないためにアドラー心理学的な思考を身に付けつつ、他者の心を侵害しない気遣いを忘れません。つまり、感情原理主義という「真逆の価値観の尊重」を徹底しています。

アドラーの落とし穴に落ちないために、アドラーと感情原理主義の相性の悪さを知りましょう。

嫌われる勇気を持つと一次的に救われるけど二次的に超絶嫌われる

生真面目にアドラーに従うと、「嫌われる勇気」を身に付けます。勇気に支えられ、もともとやらかしてばかりだったり正義感が強すぎたりで嫌われやすい子でも、メンタルはいったん安定します。

しかし、「嫌われる勇気」の影響により、ますます嫌われてしまいます。

結果、グループ作業ができない、休んだときの変更事項を教えてもらえない、そしてなにより「いい奴/人気者だから、大目に見よう」という柔軟な対応が一切受けられなくなる等、集団生活上の不都合が看過できないレベルになります。


ストレスが減る。一次的にはメリット大、しかし本人と周囲がパニック慣れできなくなるデメリットも見逃せない

ストレスが減ることの二次的な影響として、ストレス対処法のアップデートがなされなくなるというリスクがあります。

想定を超えた痛みや事故等、心理コントロールの効かない感情の波に対処する、実践的訓練が不足します。
日頃は安定して過ごせるようになるのですが、取り返しのつかない規模の大パニックを起こしかねません。

アドラーを取り入れますと、普段穏やかになるのですが、「こいつは何を言っても暖簾に腕押し、糠に釘、蛙の面に小便だしどこ吹く風だ」とばかり、周りの人が適切な間合いを取らずに、無配慮に接してしまうのです。

また、本人も、穏やかであるために、精神的ストレスの緩和方法や頭の冷やし方を身に付ける必要性を感じる機会が少なくなってしまいます。


心の防波堤が機能しているうちは良いのですが、防波堤が決壊したときにどう対処すべきか、ということについて、無知無自覚になりやすいのです。

「穏やかないい人だったのに、まさかあんなことをするなんて…」と話している姿、放映されますよね。
その背景にあるのは、立派なメンタル防波堤のせいで危機感が薄れてしまったことです。
本人と、周囲の人間の、精神的非常事態への対応経験の不足と油断があったという事実です。

アドラー心理学はとても役に立ちます、しかし、導入するときには、このリスクも踏まえて、備えておきましょう。

助け合ってナンボ

誰もに一目置かれるような特技や容姿、あるいは資金力があるならばともかく、庶民、ましてや、もしかして発達障害グレーゾーンの方は、誰かの力添えや許しが得られるか得られないかで人生の笑顔の総量が大きく変わります。

これから人生の荒波に立ち向かうお子さんには、
アドラー心理学と、感情原理主義のいいとこ取りをしていってほしいなと思います。

そんなの無理!!
と思われるでしょう、でも
無理だと思いつつ無理矢理させなきゃ!と思っていらっしゃること、ほかにもありますよね?

お子さんにもよりますが、
当たり前のこととしてさせていること(脱いだ靴を揃える…服を畳む…洗面所の水ハネを拭き取る…トイレットペーパー補充…計算、漢字等、本人がメリットを感じないこと)より、効果というご褒美を得やすいので、
身に付きやすい傾向がありますよ。


価値観バトルロワイヤルにあっても生きやすくなるために、
「嫌われる勇気と、愛される工夫(嫌われない知恵)」両方持たせてあげましょう。


続きます。
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