「もしかして発達グレー研究所」愛されキャラに育てよう!by QOLT

生きにくい、だけど自力で生きるしかない「もし発」。己を知り、定型を知れば百戦危うからず!

不登校は単なる現象。本質を見よ

今日は、小学校高学年中学生高校生ぐらいのもしかして発達障害グレーゾーンなお子さんの、生きにくさ行きにくさを掘り下げていきます。

実際には、個人個人で掘り下げて見えてくるものは異なります。こちらではざっくりとしたイメージで参ります。


不登校という現象を引き起こすものごとのうち、親が「病気ではない」と思いがちのものを、起こりうる時系列を踏まえて大きく4つの段階に分けてみます。

1お疲れ、おさぼり←→2ホルモンバランスの変化→3学校に行くと嫌なことがある→4うつ


この4つは、かなりの頻度で連鎖的輻輳的に起こります。
早めに食い止めたほうが早く回復します。

ただしそれは「休まない」ということではありません。「上手に休む」、「受け取り方を調節する」これにより負のスパイラルを防ぐことができます。



1お疲れ、おさぼり

これ、一番、数が多いです。「行けないわけではないが行きたくない」というのもこの段階です。

欠席すること自体は必要なセルフケアです。
インフルエンザで5日休んだだけでクラスメイトからいじめられるでしょうか。
実話ですが、嫌われものが心臓の手術で3ヶ月休んだことがありますが、復帰後はとてもいい人間関係を構築できていました。

欠席者としてのマナーを守れば、つまり、休んでる間の学校のこと、例えば宿題のこと、人間関係の変化について先生や友達に聞いて、感謝して、事前事後処理し、謙虚にできれば、たとえ一気に6ヶ月休んでもこじれません。

しかし、たとえば

・クラスで内紛やグループ抗争が起こり、政権交代やグループ再編が行われたのに、それを知らずに登校し、粛清される側と仲良くしてしまう
・授業、宿題、グループワークの放棄

こういったことを悪気なくやってしまうと、受け入れ側(クラス)における一群を知らず知らず刺激してしまいます。
その群れが、支配力を持つ者たちですと、3に直結します。


欠席中のことを誰に聞けばよいかわからなかったり、感謝の意を示すなど「人にものをたずねるマナー」を踏襲しなかったり、聞いたけど冷たくされたり、聞いたけど宿題がたまりすぎるなどして諦めたりした場合も、排除傾向や疎外感が生まれ、3に向かいます。


聞く相手と聞き方の見極め。
復帰するつもりはなくても、欠席中も体を動かし、血流、栄養、睡眠を確保する。
欠席のメリットデメリットを知り、SSTなど適切な対応をする。

行き渋り初期であれば、この対応で収まることが多いでしょう。


2ホルモンバランスの変化

成長と、ホルモンバランスの乱れによる不穏(おちつかなさ)、不定愁訴(何となく具合が悪いこと)は、付き物です。
思春期は、妊娠出産前後並みに大量の性ホルモンが分泌されます。
その上、分泌に慣れていないので、女性はイライラやモヤモヤ、男性は眠気やモヤモヤなどを抱えます。
これは自然なことです。
ホルモンと体の変化というとすごそうですが、トイレに行きたくてそわそわ、暑くてぐったり、好きでドキドキ、そういったもののひとつです。

これも中高生の不登校原因として、よくあります。

個人差ありの成長の一過程とされ、病気より辛いのに病気と見なしてもらえないという悲しさ、辛さがさらなる症状を引き起こします。

ホルモンバランスを整える目的で生活習慣変えると、症状自体は落ち着くことが多いです。
精神的ストレスを減らしたり睡眠環境など整えたりできるとよいのですが、なかなか本人には難しいものです。

ちょっとしたストレッチ、姿勢をただす、鏡を見て口角を上げる、だけでもやってみてください。

1と2は、表裏一体です。
2では、医療や運動にアクセスすること&1同様欠席中の自分と他者の調整を行うことが復帰の近道です。



3学校に行くと嫌なことがある、学校が楽しくない

当然ですがとても多いです。1,2により引き起こされることも多々あります。
「いじめられているわけでも成績が悪いわけでもない、けれど行きたくない」、という人は、最初は3にあてはまることが多いです。

人間は、注がれる愛を繰り返し実感したり、悪意にさらされる経験と悪意を克服したり、感謝したりする経験によって、心の免疫力(防衛力)が上がります。

「情操の脳」が若く心がピュアすぎる人や、理想を求めすぎる完璧主義は、心の免疫力が低いため、人間のどす黒さや悪意に触れるだけで著しく消耗します。

また、文学や音楽といった芸術等に触れすぎて「情操の脳」が成長しすぎた人には、人生や学校が馬鹿馬鹿しい消化試合に見えてきてしまうことがあります。

悪意への免疫力不足も、閉塞感を知ってしまう知恵があることも、3「学校に行くと嫌なことがある」を経て、4「うつ病」につながります。

なぜ3を経て、4になるのでしょうか。
1お疲れおサボり や2ホルモンバランス変化に伴う不定愁訴によって休みがちになるからでしょうか?
いいえ。

欠席を3ヶ月しても、その間、他者の「ずるい」へのケアが適切であれば、五月雨登校1ヶ月よりもずっと復帰しやすいです。

学校に行かない日、社会と繋がらない日を、日数の区切りをつけずにだらだら行く行く詐欺をして積み重ねるのは、クラスメイトや先生の善意からも遠ざかる行為です。
たとえ友達がいても「今日、学校どうだった?」「今日学校でこんなことがあったよ」と連絡し合うことも憚られるようになります、【互いに空気を読んでしまうために】。

「2ヶ月休みます。そのときの様子を見てまた2ヶ月休みます」これぐらいの見通しは、本人にもクラスメイトにも担任にも必要なのです。

「休む権利がある」「配慮されて当然」「私はかわいそう」という考えが頭の片隅にでもありますと、無駄に敵を増やします。



戦時中のような学校生活を、うまく回すため、目に見えない現代版隣組制度のようなものが学校にはあります。

その組合に属さなかったり、離脱したりするとき、一人で戦争を生き抜くのと同じぐらいのエネルギーが必要です。


不登校の問題は、長期欠席することそのものではありません。勉強が遅れることだけでもありません。
他者目線の欠落と、承認欲求の暴走です。


・学校は元々嫌で当たり前のもの。その嫌な部分は、自分の選択した言動により強化されること。
・学校で承認欲求を満たそうとしているのに、役割ややりがいが感じられないこと。

このふたつが、絶望的な負の二重螺旋構造を作り出します。

学校において、「よい」やりがいや自己効力感を見いだせる人は、多くありません。
成績、各種芸術的才能、見た目(スタイル)、各種部活、趣味、の各項目で上位10~30パーセントです。
それ以外でイキイキ登校している人のうち、「人を振り回す」ことで、承認欲求を満たし、自己効力感を得ているひとがいます。承認欲求を盛大にこじらせている状態ではありますが、学校で承認欲求を満たしていられるので、うつ病にはなりません。

「人の嫌がることは絶対ダメ」と植え付けられた子達は、このような承認欲求サバイバルを見るだけでもぐったりと疲弊してしまいます。


無策で欠席をしてしまうと、嫌なことはどんどん増えていきがちです。欠席自体は悪いことではありませんが、欠席を成功させるためには、学校のタイプ別に厳しいお作法があります。

お作法を守れないならば、必ず、「ずるい」への対策をしておきましょう。
少なからず嫌だなぁと思いながら通っている人たちの前で、入院したわけでもないのに登校したりしなかったり、高学年以上で遅刻を繰り返したりするということは、「ずるい」と思う感情を刺激しているという自覚が必要です。

こちらからどんな刺激が伝わっている可能性があるか、認識します。
「ずるいと思うのは、彼の家庭は欠席を許さないからだろう。こちらの辛さはわからないのは当然だ。ただのサボりだと思い込んだり、ずるいと思ったりするのもある意味仕方のないこと。
学校行ってない日の学校での出来事も、あの子の辛さも、こちらからはわからないのと同じ」


「ずるいなんてひどい」ではなく、「あちらの立場から見たら、ずるいと言いたくなるのも無理はないのだろう」と慮ることで、憎しみや悲しみに隠されてしまいがちな不登校問題の本質に「承認欲求」があるということを考えることができます。



問題の本質に気付かない親子の場合、
「先生に配慮してもらい、宿題なしにしてもらう」「行き渋っているので、特別扱いしてもらう」等、のことを依頼してしまうことがあります。

依頼が通ることが、かえって逆効果になることがけっこうあります。


バレないように配慮できる有能な先生はごくわずかだと思った方が無難です。
多くの場合、「誰がどうみても完全に腫れ物扱い」のほうがよっぽどまし、と思った方がよいでしょう。

「誰がどうみても腫れ物」、骨折して右腕を三角巾で吊っていることや、病院に入院することと同じ心理効果を他者にもたらします。

最初は確かにものすごく辛いです。

しかし、長期的に見ると「みんなと同じなはずなのに出来ないビリ」という立場よりも、のびのび、穏やかに暮らせる可能性が高まります(その代わりといってはなんですが、絶対にマウント行為をしてはいけません!!!!した瞬間、叩き落とされると思いましょう。謙虚にできないならば、名誉ある腫れ物になる資格はありません)。


楽しくないだけならいいのですが、そのうちに楽しくない日々がずっと続くような気がしてきてしまいます。
「嫌だけどやるしかない」「やるしかないけどやりがいがない」「永遠に続く」これが重なりますと4うつ病予備軍です。

学校は、毎日決まった時間にやってくることを前提に集団活動をしているので、その日何が起こったのかを欠席者が共有するしくみがありません。
あなたの欠席日数分、同級生も時間を過ごしています。考え方や人間関係が変わります。先生の言うことも変わります。

これらが当然起こりうると認識せずに休むと、浦島太郎現象が起こります。
自分は変わっていないのに、周りが変わっている、そしてショックを受ける、という現象が起こります。

欠席中の周囲の変化を当然のことだと思えれば、集団復帰の難しさを緩和できるかもしれません。また、自分自身も欠席中に変わっていくのだということが実感できるといいと思います。

家でできるストレッチや筋トレもいいです。散歩だと老害に話しかけられてウザイので、家で体を整えてから急ぎ足やランニングするのがよかった、という意見もありました。
急ぎ足やランニング中の人に意味もなく話しかける人がいたならば、それはあなたがとても善良で好印象だからです。


4うつ病。

人数は1-3ほど多くはありません。クラスによって多いところは1割を越えることもあります。
うつは、職場ですと、伝染するかのように拡大していきます。
しかし学校では、仕事と違い他の人が鬱になった人の分の仕事を背負わなければならないということになりにくいので、単発やせいぜいクラスタで発生します。


うつをコンピューターに例えると、こうしなきゃ、でもできない、どうしよう、できないけどやらなきゃ、でもできない、どうしよう、できないけど…という無限プログラムの中に入り込んでフリーズしている状態です。

メモリもCPUも限界なので、自力でその無限プログラムを解除することは困難です。

外部から操作して、無限プログラム解除をし、いったんハードのメモリを解放し、バグを修正して、アプリをインストールし直すという作業が必要です。

この作業は、他者に手伝ってもらえるならばいいのですが、もしかして…なティーンエイジャーであれば、アドラー心理学などを参考に自分で感情システムの再構築をすることも可能でしょう。


まとめ

お疲れサボりから、重度の鬱まで、段階は様々です。
事情も考え方も能力もなにもかもそれぞれ異なりますので、一概に語ることはできませんが、子どもの元気をなくさせるただ漠然とした「モヤモヤ」のなかには多様で複合的な事情があります。

詳しくは書きませんでしたが、お子さんによっては、家庭の愛や素敵な親さえも、重い重い鎖となります。


「不登校」という一見わかりやすい現象にスポットを当てれば当てるほど、問題の本質が見えなくなってしまいます。
本質は、自他における承認欲求のこじれと、誤学習による負のフィードバック
スポットをどこにどのようにあてるか、考えてみると、全く違うものが見えてくることがあります。お試しください。