「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

将来、いい仕事につけないよ!?

「いい仕事に就けないよ」…これを発するほとんどの親の心理はどのようなものでしょう。

そこには確かに、子を思う親心があります。
しかし、それだけではないのです。

実は、親だって、いい仕事がなにか、わかっていません。
言わば、いい仕事がなにかわからない自分自身への煽りと、子どもへの煽り、それと親心がまざりあっている、正体の無い言葉、本質のない言葉なのです。

子どもは、そのような複雑すぎる心理により発せられた、正体のない言葉だということがわかりませんから、「…学校行かないと、頑張らないと、いい仕事につけない…」というあやを多分に含んだ言葉を、正しい情報として取り込んでしまうのではないかと想像しています。


いい仕事ってなに?

彼ら百ゼロ思考の子どもたちが、素で思い浮かべるいい仕事というのは、人生ゲームで高給取りな仕事か、テレビやSNSにいるような大金持ちの仕事か、儲かるけど平均寿命短すぎな業種か、保護者の仕事であることが多いです。
漠然と「イイシゴト」という記号や図形を思い浮かべる程度であることもあるでしょう。

あるいは、心の中でこんな風に思っているかもしれません。(いい仕事ってなに?そのために何をすればいいの?)(学校、なぜいかなきゃいけないの?)

…大人も、わかっていません。
わかっているつもりでも、もしかして…なお子さんに伝わる言葉で説明しようとする大人は少ないです。

なぜなら、もしかして…なお子さんに伝わる伝え方はあまりにも受け取り手に判断を委ねる部分が少なすぎて、一般的には「価値観の押し付け」「洗脳」と言われかねない言い方になりやすいためです。


・子どもをもうけたほとんどの親は、子どもの生きる将来に期待と不安を抱く性質を持っている。

・人は、未来への不安を緩和するために、保険をかけたがる。子育てにおいては、教育や学歴が保険になるという考え方が根強い。

・いい仕事かどうかは、働く本人の考え方や仕事、人との相性次第。当然業種で示すことはできない


このことを伝えずに、ただ「いい仕事に就けないよ」と煽るのは、子どもの側からしてみれば「ろくな死に方しないぞ!」と言われるのと大して変わりがありません。

親子の信頼関係を築こうと思っているならば、そんな煽り言葉をかけてもいいことはありません。

もしかしてASD…な子どもは、「いい仕事につくためには学校に行かないとだめ」「学校行ったらなれる」といった考えに固執してしまったり、ZOZOタウンの前澤社長が中卒だと聞いて混乱したりするだけです。

そんな彼らに対しては、たとえ洗脳だと言われようと、いい仕事とは何かを定義して、それに就くための方法や考え方をダイレクトに刷り込む方がよっぽど親切で健全なのではないかと考えています。


ダイレクトと言っても、家業はいい仕事だ!だから継げ!などということではありません。


当研究所では、いい仕事とは、なぜ学校に行くべきだと言う人と学校に行かなくていいと言う人がいるのか、なぜ受験するのか、お子さんのモヤモヤに応じて、対話しながら説明しています。

言葉が苦手なお子さんであれば、絵や写真を使います。

「いい仕事=たくさんの人が就きたがるような高い給料の仕事に就くためには、人に選ばれなければならない。抽選と審査を潜る必要がある」

「学校の困難を乗り越える精神力、他者との差別化のための自己研鑚力、世渡り能力、いざというとき中国人にも負けない押しの強さが必要。」

「たくさんの人の中から人間力(精神力と自己研鑚力、簡単に言うと頑張る力)のある人を選ぼうとするときは、学歴や実績、受賞歴によって測るのが合理的。」

「優しさ等も人間力のうちだが、知能が高いとごまかせるので、採用時に数値化されることはほとんどない」

「世渡り能力は、実際に接したときの様子や、集団においてどんな役割を果たしてきたかから推測される。インターン中などに詳しく見られる」

「押しの強さは、営業職以外の採用時は見てない会社もある。」

「学校適応は社会適応よりも難しい。ので学校に適応できれば社会適応力も上がる」

「適応できない状態で学校に行っても、ただ漫然と家に居ても、社会適応力は上がらないようである」

「多少の不登校期間があっても、人を嫌いにならなければ仕事の選択肢はある。」

「高卒認定を取るなり職業訓練を受けるなりすれば選択肢の中身が変わる」

「高学歴と低学歴では、選択肢の中身が変わる。高額年収の働き口が多いのは高学歴とされているが、その分責任は増える。

「人に多様性があるのと同様、向いてる働き方にも多様性がある。その人自身だけでなく、健康状態、ライフステージ、家庭の事情等によっても違う。
そのため、具体的な職種業種ではなく、いい仕事という曖昧な言葉を使う。」

最初と最後は
「私の考えは私の考えにすぎず、他の人にはほかの考え方がある。しかも、考え方を説明する力もいろいろ。どれが正しいということはない。」

端的に記しましたが、実際は対話を引き出すかたちで行います。

このような関わりを通して、「いい仕事とは」「なぜ学校に行くのか」「なぜ受験するのか」という常に脳に負担をかけているモヤモヤを減らせることがあります。