「もしかして発達グレー研究所」凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

ほとんどのいじめには双方向性がある~ドラえもんに見るいじめ観から

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現実のいじめ問題や、いわゆるいじめによる自殺について「やられる方にも非がある」
と言ってはいけないという風潮があります。

「加害者が一方的に悪い」
「被害者には非はない」
「相手が嫌だと思ったらいじめ」
「学校は何をしていたんだ」
と言うことが、ある種のポリティカルコレクトネスに則った「まともな」発言となっているように感じます。

(いじめを煽っているのはマスメディアだと私は思うのですが、その話はまた今度)


確かに、被害者だとされる側に一切の非がないいじめも、存在するかもしれません。

でも、やられる側は一方的な被害者であり非がない、改善すべきはいじめた側のみ、とする考え方に凝り固まっていますと、いじめを引き寄せかねないと思います。

いや、何があってもいじめは、いじめる方が悪い、
いじめられる方は、何も悪くない
変わる必要があるのはいじめる側だ!!!!

と、良識人は声を揃えておっしゃいます。


確かに、
「いじめられている」と言い出しにくい子にとっては、嬉しい援護射撃かもしれません


でも、おばちゃんはこの定型文こそ、いじめの闇を深めている諸悪の根源だと思います

いじめた側にもいじめた側の論理や感情があります

悪だ!というレッテルのせいで、
「いじめてしまいそう」「いじめてしまった…」と言い出しにくくなったり
「自分は悪だ、もう善人には戻れない」と思い込んで極度の承認不足に陥り、ストレスを発散してしまおうとしたり


発覚したときには
被害者保護者側は猛り狂っており、いじめる側とされた子の保護者はパニックになり
いじめてしまう心理の闇と向き合ってる場合ではなくなってしまいます
とにかく謝らせようとか、隠蔽しようとか、
「え?そっち?」という方向へのコストばかりかかり、
バレたらやばい、という思いからか、ばれずにやるスリルが楽しいのか、
いじめはより大人から見えにくいものとなり、深刻化が捗ります

いじめられる側の防御力を上げたり、回避能力を高めたりするための自助努力を否定することに繋がっていて、
「メンタルが丸腰の子ども」のみならず「いじめられた!と声を上げたら、ほめられる。と学んでしまった繊細ヤクザ」が激増しています



いじめはいじめる側さえいなければ、なくなる。
という考え方で、いじめ撲滅を考える人たちは、
「自衛隊がなければ平和になる」と同じで、非現実的だと私は思います


いじめる側が悪いとか未熟とか、これは否定しませんが、いじめる側にしか非がない!いじめっこは一方的に悪い!という社会通念は、弊害が大きすぎます


特に、いじめられる子の予後が悪いと思っています

名作ドラえもん において、ジャイアン、スネ夫はいじめる側、
のび太はいじめられる側、
としたとき、
本当に、のび太には一切の落ち度はない、改善すべき点はない、と断言なさるのですか?



続きます。

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