「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

承認欲求との付き合い方

好きなのは、話の内容ではない、話している人のことが好きなんだ、とつぶやいてあげると、お子さんが陥りやすいガチガチの結果主義を緩和できるかもしれないということは、メモを介した関わりのエントリーで示しました。
www.asdadhd.jp

(多動であれば、個性によっては、ガチガチの結果主義成果主義で育ててもよいのですよ)

ガチガチの結果主義が、承認欲求へのこだわりをこじらせた賜物であれば、下記のようにして承認欲求との付き合い方を意識させるとよいでしょう。

ガチガチの結果主義を緩和し、穏やかな気持ちを取り戻させやすくなり、人当たりがよくなります。

トップ付近にいないと承認されない

寂しさ、注目されたい欲求、つまり承認欲求との付き合い方は、学校で教えてもらうものではありません。
発達凸凹の子は、学校のあらゆる活動を通して、むしろ承認欲求ばかりやたらめったら強めてしまいます。

100-0(ヒャクゼロ)思考の強い、成功(楽しいこと、快感、成果)にしか価値がないと思い込んでいるお子さんを放任したり自由尊重系、ほめほめ一辺倒系の手法で育成すると、強い承認欲求を持て余すようになります。

小学校高学年ぐらいからが多いですかね、
見張られないと勉強しなくなる、
過度な指示待ち人間になる、
他人に100パーセント全力の友情(承認)を求めるあまり 孤立する、
甘やかしてくれない人、出来ないこと全般を拒絶するようになる、
あるいは注目がほしくて問題行動を繰り返す、
などなど、
「うわ!子育て失敗した……」と感じがちなフェイズに突入します。


広告

愛情と承認欲求

承認欲求をこじらせる原因は、学校だけではありません。

最初のきっかけが、家庭であることも当然よくあります。
一番多い(と言いますか、目立つ、わかりやすい)のは、本人以外の兄弟姉妹が自分よりも可愛がられていると思い込んでしまうというものです。
発達凸凹児のいる多くの家庭では
「平等に接しているつもりなのに、常に誰かが愛情に飢え、承認欲求をこじらせている」という状態に陥ります。


他者に興味がないようでも、潜在する承認欲求はかえって強く、クラスメイト、兄弟姉妹、保護者と自分の落差については感覚過敏とも言えるスーパー敏感さを持ちやすい子もいます。

出来た!という結果を手にする度にほめられ続けるとき、その嬉しさに依存してしまう子がいます。
そして、自意識過剰なほどに常に他者と比較して、なにかが劣っていればそこばかり注目して沈んだり自暴自棄になったり、逆に高慢ちきになったりします。

「愛情不足」って概念は雑すぎて全く使えない

「こういう状態の子は愛情不足と呼びます。
親はたっぷり甘えさせ、受け入れ、愛情を与えてあげましょう」というガイドラインでもあって、自治体とかが配る子育て悩みパンフレット大抵書いてますけども。
あれ毎回がっかりするんですよね……
誰にもメリットないのに~


発達凸凹の子を育てていると、親としては愛しているつもりなのに愛情不足と言われてショックを受けることがあると思います。

私に言わせれば、愛情不足ではなく、
・承認欲求が肥大しすぎた
及び
・承認欲求を満たしてない状態
なのだと思うのですが。
なぜか社会通念上、承認欲求不満=愛情不足と表現する慣習になっています。

おばちゃんとこに相談に来てくださる方々の多くは、
愛情不足を疑われた経験がございます。
はっきり申し上げまして、愛情は、有りすぎなぐらいのケースが多いです。
足りてないと思われるケースはないです。

お子さんの望む愛情の伝え方をしていない、ということはあるでしょう。
しかし、お子さんにとってどストライクな愛情を注ぐことも、諸刃の剣でして、
かなりの確率で毒になります、
「自分の求める形でしか、愛として受けとることができない」という偏りに陥ってしまいかねないですからね。

愛情の伝え方も受け取りかたも人それぞれではありますが

人は、親に注がれた愛の形や、身近な人の受けている愛の形、または、親の愛が思ったような精度がなかった場合は無い物ねだり的に理想化し、こだわりがちです。

早起きして手の込んだお弁当を作ること、
作ってもらったものを残さず食べること、
記念日に一緒に過ごすこと、
サプライズプレゼントがジャストミートであること、
共感的に話を聞いてくれること等、
誰にでも共通する愛の伝え方があるかのような言説がありますよね。

定型的な、つまり価値観と人数の中央値付近は、どうやら、そうなってます。
コンセンサスとして、ガチガチに固まってます。

そういう愛の示し方を無意味だとか重荷だと感じる子は、かなり生きづらいです。
単なる価値観の違いにすぎないのですが、標準値により集まってる人々からは、ワガママだとか、冷たいと揶揄されがちです。

これらの「コンセンサスとしての愛情の示し方」は、
愛情がないのに「愛情がある」と誤解させる言動でもあるので、
不誠実な気がしてしまうこともあります。
難しいんですよね、相手に対する誠実さと、言動において喜ばせることの折り合いってね。

ご家庭で、親御さんの経験や価値観を踏まえて聞かせておくと良いかもしれません。
あっ、
「何億人もいるうちの、一人の○歳のロールケーキ好きの一意見にすぎないけれども」と言い添えることをお忘れなく♥️
(ロールケーキはアレンジしてねwww)


広告

比較による承認

比較などによる承認を求める習性は危険です。
一生エリート街道を走れる子以外にとっては、心の病気のもとになり得ます。

ところが、比較優位になりたがる習性というのは、
うまく扱えば個体及び集団をベースアップに導く習性でもあります。
ですから学校などで当たり前に利用します。
多くの人が、比較優位になりたいとか、同調圧力によって成長し、なまけることを侵害されてきました。

学校教育等、集団向けの関わりを何気なく受けた人は、大人も子どもも、無意識のうちに、比較を元に承認欲求を満たそうとするようになります。

だいたいの人は、大人になるまでに適度に試行錯誤して、承認欲求の自己処理を覚えていくのですが、発達凸凹で特に自閉的な子の場合は、持続可能な承認欲求補完システムを早期にプログラムしてあげる必要があります。

続きます
www.asdadhd.jp