「もしかして発達グレー研究所」凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

年度始めの壁!集団の行動機序を知ろう!

年度始めは、なにかと変わります。
大変な時期です。

何が大変かと申しますと、それはお子さんによりいろいろですが、とにかく心をすり減らして帰ってくる、そう思っておくと良いと思います。


・暗黙のルールが変わる!!

学年が変わると、暗黙のルール変更に対応しなくてはいけません。

今まで許されていたことが許されなくなったり、今までは許されなかったことが仕事として課されるようになったりします。


「○年生なんだから!」と言われれば、定型寄りの子は「ふーん、○年生というのはこの行動をしてはいけないんだなー」などと適当に解釈&インプットしますし、その設定が崩れるに従って、崩れた状態に適応します。(「一年生になったらしっかりしなくちゃ!」からの「一年生ちっちゃーい♥かわいいねーぇ♥」という立場の激動にも適応します、ていうか、なんでそんなにグラグラ価値基準変えられるのか…私にとってはこっちが不思議)


適当にインプットしていくことを嫌いがちなアスペルガー風味のお子さんは、特に新学年、大量の困難を同時に抱えます。


自分の学年の変化そのものにも戸惑っていますし、
庶民にはわからない理由で、脳が多忙を極めています。

太陽光の入り方かもしれません、風通りかもしれません、
幼稚園にはなかった給食の臭いかもしれません

保育園ではほとんどなかった他人の成人男性の臭いかもしれません
「違う……何が違うんだろう…わからない…」と非言語下でモヤモヤしていたりするものです。



「x年生の3月生まれと、x-1年生の4月生まれなんて1ヶ月も違わないのに、○年生だからといって何故こんなに待遇が違うのか?!」
「年長さんはお手本にならなければならないと言われるのに、学年が進んだはずの1年生はお手本にならなくてよいらしい…なぜ?」
等、気持ちは多様です。
ただ、大抵は混乱していると思っておいたほうが無難です。

自分が主役の劇場にいるつもり(他の登場人物のプライベートを考えない、目の前にないものはないと考える、等の特性)のお子さんですと、すっと馴染んでいるかのように見えるかもしれません。
嫌われる元です。
トラウマレベルで苦しまないと、やめられない子もいるようです。
私が思うに、トラウマになってでも、幼児期に経験した方が治りの早い、痛みです。

後回しにしますと大人の発達障害と呼ばれる不可逆により近い問題を引き起こしかねません
他人によってコテンパンに潰されて、親子で徹底的に克服すべきです。



先生たちのコミュニケーションは粗にして雑!

また、子どもに関する担任間の連絡は、有ってないようなものです。

えっ!
ちゃんと引き継ぎしてよ!!と思われますよね。
私も、きっちり引き継ぎするものだと思ってました。

しかし、
内科のある名医は、細かい引き継ぎによってもたらされる先入観の弊害を指摘しています。

先入観なしに関わったほうがお子さんにとってよい場合が多いので、敢えて細かい引き継ぎをしないという文化があるようです
(または、しなくていいならしたくねーよ的な。なお、アスペルガー風味の担当者は細かい引き継ぎが好きかも)


どうしても先入観を持って接してほしい場合は、新担任に直接、お願いメモを渡すなどすべきです。
ただ、期待は禁物です。
メモは無くすこともありますし、法制度化されたとは言えお上のやり方に現場は常に苛立っていますし、小学校というのは先端比で10-30年遅れています。発達障害に対する合理的配慮は、飽くまでもイレギュラー対応だと謙虚な姿勢でいたほうが、身のためです。

「メモ渡したのに!」と腹を立てる労力は、メモを無くさせない、メモを忘れさせない、取り組みに、注いでください。そうでなければ、メモを渡した効果はすぐになくなると思った方がよいです。)


大人が見てわかる以上に、小学校の教室のルールは曖昧です。
ルール基準で動こうとすると、必ずといって良いほど壁にぶち当たります。

「しゃべっていいとき、だめなとき」「人の嫌がることは、しない」。これはルールのようでありながら、そこにいる人基準、空気基準なので、ルール基準のお子さんは、まずこれがわかりません。

しゃべっちゃいけないときのはずなのに、先生はしゃべっている…じゃあしゃべっていいのかな?と思ってしゃべったら怒られた!混乱!

手を挙げないと発言してはいけないはずなのに、あの子は手を挙げていないのに話しても怒られなかった…じゃあ手を挙げないで発言してみたら、怒られた!?混乱!

人の嫌がることはしてはいけないはずなのに、僕の嫌なこと(机を引きずる音を立てる、きつい口調のダメ出し、カーテンを開けて直射日光を射し込ませる、等々)はされまくる…
なんだ、人の嫌がること、していいんじゃん!?
あるいは
僕は、人ではないのかな…



発達が進み、まわりが見えてくるようになりますと、「まわりは出来ていて、自分は出来ていない」と思うと、イライラしたり、やる気を失ったり、極端な焦りによってパフォーマンスを出せなくなったりします。
また、「あの子たちは同じ事をしても許されるのに、自分ばかり叱られる」ということにも気付き始めます。

この経験は子ども時代に必ず済ませておきたい、挫折経験のひとつです。
ただし、子ども自身で克服できるものではありません。
そのまま自己解決待ちとしておくと、お子さんの自己評価は地に落ち、攻撃性や認知の歪みを強めることになります。つまり「まわり全部敵でグル」と思い込む状態です。
こうなると、不登校、引きこもり、鬱などのトラブル(発達障害の診断数が爆発的に増えてからは、二次障害と呼ぶことが多いです。この二次障害という言葉は、発達凸凹+適応障害=発達障害と考えた場合の発達障害とほぼ同義です)


親御さんが「学校には、ルールがあるが、実際にはルール基準ではなく、多数派基準等で進められることも多い」という学校裏ルールを、お子さんに知らせてあげると、お子さんの視界がパーっと開けるかもしれません。


そうなれば、「まわりはみんなグル。自分を陥れようとしている」というような反社会性を強める認知をせずに済みます。

「明文化されたルールや、美徳よりも、目立つ人強い人に引っ張られることを優先することがあるんだったなー」
この考え方を知っているのと知らないのとでは、集団からじわじわ受けるダメージが全く違ってきます。