「もしかして発達グレー研究所」凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

期待しなければ期待値は上がる!~現代凸凹の必須スキル3

期待の代わりに行う、建設的な関わり

それぞれの事情で異なりますが、発達凸凹の激しい人と関わるにあたって、忘れてほしくないのは

・「自分の気持ちは、自分で操縦できる」
・「相手の気持ちは操縦できると思わない方がいい」

という考え方です。

「こんなにも大変な目にあっているのに怒るなってこと?!そんなこと、できるわけない!」
「人の気持ちを操縦できると思っているからこんな無理なことを言うんだ…」

と拒否反応を起こす方もいらっしゃるでしょう、私自身がそうでした。

無理だ、と思われる方には、合わない考え方ですので今回はここまでに。

前向きメンタルへと「洗脳」する

傷付くことも、イライラすることも、幸せになることも、自分が脳を使いこなして決めるのだという意識を持ってみましょう、と言われても、大人はなかなか変わることはできません。
が、乳幼児期から習慣付ければ、前向きメンタルは作れます。

この習慣付けは、宗教や洗脳のような側面があります。ですから、もちろん疑問に思う日が来るケースもあります。
しかし、「期待しない」ということは、自分にとってもまわりにとってもお得なので、手離そうとはあまり思わないものです。

また、発達段階によっては「まるで洗脳だ」と不気味に思うものです。
よい面悪い面を分けたり総合的に考えたりできない時期は特にです。


脳が若いか、いい具合に老成したか、の頃であれば、騙されたと思って、とりあえず1日、2日。

期待を切り離してみてはいかがでしょうか。


私は、言語凸のアスペルガー的特性を活かして、子育てにおけるイライラを感じたら、分析してみるようにしました。
そして、期待が悪さしていることを実感しました。

「子どもの将来のため/私の感情のための改善」が望みであるとき、
改善のための働きかけ(努力)を、期待という感情が、台無しにしてしまうことが多いのです。

あなたの期待は幸福を阻害していませんか

期待によって伸びないタイプが相手ならば、期待は、理性の力、または、怠惰さを活かして、切り離すのが得策です。

私の理性はかなり弱いほうで、楽に楽に流れやすい性格です。
だからこそ、「期待の切り離し」はとても都合がよかったです。

叶わない期待、応えられない期待は、「レジで見せたら値段が3割り増しになるクーポン」みたいなもの。そんなもの、わざわざ出しますか?出しませんよね。


片側が一方的に勝手にかけていることで。相手は裏切りたくて裏切っているわけではないのです。

私が子どもだったら、期待してくれなければ裏切らなくて済むのに、と感じただろうなと思います。

マゾな子育てしていませんか

頑張っても頑張っても無駄になるというやりがいのなさも、メンタルを破壊するのにじゅうぶんなパワーがあります。

期待をしては、裏切られる日々。
頑張っても頑張っても崩される、賽の河原で石を積むかのような虚しい努力。
ただでさえ、困難さがたくさんある子育てなのですから、わざわざ自作の困難さ(期待)を追加してハードモードに輪をかけるのは、マゾヒスティックと言わざるを得ません。

頑張るのは素敵なことですが、抜くべきところは抜きましょう。
抜くべきところ、それは、期待です。

親が子どもに教えるのは難しい?

「親が子どもに勉強を教えるのは難しい」とよく言われますが、熱くなりすぎずに上手く教えられる親御さんは、必ず、「期待の切り離し」を上手に行っています。

佐藤ママさんの子育てについて、賛否が取り沙汰されていますが、確かにあのすべてを再現するにはまず、おかーちゃんが泣く子も黙る知的御嬢様として生まれ、唯一の別学国立女子大お茶の水女子大を卒業することから始めないといけないので…現実的ではないですね。

でも、自分たち親子にもできそうなことを拾い集めてやってみるということは効率的な試行錯誤の近道だと思います。

佐藤ママさんは、課題達成に向けて必要なサポートは段階を見極めて細やかに、徹底的になさいます。しかし、サポートの対価を、親側の期待達成感に求めていません。

我が子と一緒にいられること、家族がいること、心血を注げる相手がいること、つまり「関われることが喜びである」と、強い理性で規定したのではないかと思います。

やっぱりお得に暮らしたい

達成を期待してしまうのは、感情。
人間は感情を持っている。
人間なんだから感情的となって仕方ない。
人間はロボットには、なれない。
宗教家にも、佐藤ママにも、なれない。

こう思われるのも無理はありません。

私もそう思っています。

しかし、目的よりも感情を優先してしまう性格のために損な人生になってしまった人たちを思い浮かべ、損だなぁ、お得に暮らしたいなぁと、思うようになりました。

ちょっとコツはいりますが、楽になることなのです。
意欲的でない人、怠惰な人は、その「怠惰さ」「めんどくさがり」を活かせば、身に付けやすいはずです。

(まあ、片付け嫌いなら断捨離おすすめだよ☆、と言われてもなかなかできないのと同じで、無理だぁと思う気持ちもわかりますので、無理にとは言いません。単なる一案です)

期待がだめなら、なにによって伸ばすの?

「ここに寄せていく」というビジョン(目標、目的)は持ってよいのですが、
「あそこまで行ってほしい」「ここまで来てほしい」という期待の感情は切り離します。

ビジョンに近付いたあとに、「あんなにも困難だと思っていたのに、いいところまで来たよね」と気付かせる働きかけをします。

・ゴールしてから、スタート地点をふりかえる。
・ゴールできなくても、スタート地点からいっぱい走ったことに注目して、達成感につなげる。
・特に幼児期から継続的に、この年齢なら出来て当たり前と言われることでもしみじみ喜び合う

この考え方、働きかけを、当研究所では「挫折と克服の設定」と言います。

挫折と克服は、後から設定

例えば、赤ちゃん時代のビデオを親子でみることです。
(もちろん、「かわいいかわいい」とばかり言うのはNGです。
認知の歪みがあり、多数派に載っかれない感受性があると、「赤ちゃんをかわいいと思えない」のが普通なので、親が「かわいいかわいい」と言うことに共感できず、代わりに、今がかわいくないってこと?とモヤモヤするからです。)

無意識に観ると、親は「かわいかった頃、小さかった頃」として観てしまいがちです。動画時点に比して、今が苦しければ、なおさらです。

そうではなく、「寝返りできなくて泣いていた頃、歩けなかった頃、歩けてもよく転んだ頃、走れなかった頃」等々の動画として、親子で見ることが大切です。

これは、親子の「挫折と克服」の実感作りとしてとてもおすすめです。



親本人や、きょうだい、他の子のように出来るようになかなかならない、とヤキモキしてしまうものですが、気を付けないと、親子で病んだり拗れたりします。

お子さんの成長課題について、マイナス(できない)からゼロ(当たり前)、マイナスからゼロ、と見なす傾向が親御さんにもしあるならば、お子さんもその考え方を継承している可能性があります。この考え方は鬱のもとです。

お子さんは社会的比較をして大丈夫な段階なのか、見極めた上で社会的比較を行った方が良いと思います。


出来るようになってから、「あのときは無理そうだったのに、できるようになった!」と気付かせるという手法は、客観視に興味がないために自分の成長や可能性に気付きにくいお子さんの場合、とても有効です。


山登りに例えますと、

×登頂を期待する。登りきれなければ失敗。
○体を動かすこと、自然に抱かれることを目的とする。
○登頂を目標とするが、期待はほどほどに。一歩一歩進ませる。親は頂上付近含む天候などに気を配る。撤退を余儀なくされたとき、麓の方を眺めたり、山の全景写真を指差して「こんなに高いところまで登ったんだな」と気付かせる。

この関わり方ももちろん万能ではないので、合わないこともあります。

本の世界にひたりきって言語凸を強めている子ですと、手遅れに見える子も多いです。

子ども時代の親の適切な関わり、思春期以降は尊敬する人や恋愛対象の適切な関わりがあれば、改善することもあります。
ただ、親でも手を焼くお子さん。まだ見ぬ他人に期待するのは無謀です。
お子さんにとって第一の助けは、親御さん、祖父母など身近な、長いスパンで見てくれる存在なのです。

www.asdadhd.jp