「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

発達障害グレーゾーンやHSP(とても繊細な子)の支援は自前で

※HSP HSC highly sensitive person/childは、とても繊細な人/子 の意味です。

いわゆる心理学用語ではなく、「気にしぃ」「傷つきやすい子」「やんちゃな子」とかのレベルの、性格を表す言葉です。

 

支援を、自治体の判断に任せるのもひとつの手です。

自助努力や判断を放棄したいという保護者のお気持ち、わかります。

 

ただ、自己資金があり、がんばれば自助努力が可能な保護者である場合はどうでしょうか。

自治体等公的機関の方の対応に首をかしげることもあるのではないでしょうか。

 

誰でも(もちろん私も)そうなのですが、

雇われている方・お金のために働いている方は特に、後ろの組織を維持するためのポジショントークをせざるを得ないという状況があり得ます。

 

 

支援の受給について

地域やタイミングによって全く流れが違うので、診断以前に自治体のお役所に相談することになるでしょう。

ちょっとお尋ね、ぐらいであれば実名でなくてもいいかもしれませんね。

 

お役所でお墨付きがもらえると発行される、障害児施設受給者証は、発達支援施設や放課後等デイサービスといった福祉を自己負担わずかで利用できるというもの。

ただし、これは以前も綴りましたが、飽くまでも福祉です。

福祉が多数派の資金(税金)をつかって行われているものであるかぎり、社会の安定(=多数派の利益)のためのものです。

お子さん個人の利益につながるのかどうか、慎重に判断なさるのがよいでしょう。

待、依存、しすぎないことをおすすめします。

 

特に、グレーゾーン、もしかして?のお子さん、HSP HSC(繊細すぎる方)、自治体や社会福祉士の方針頼みにしないほうが安全な気がします。

なぜなら、発達障害児に対するは福祉は、自治体の予算の動きによって、180度の方向転換を強いられる可能性があるからです。

 

障害児としてしまってよいのか?真綿でくるんで育てるのが果たして本人のためなのか?

自治体も医療機関も療育施設も、一切の責任を取れません。

自治体の台所事情によって、枠が余っていそうならば公的療育を勧めてみたり、支援教室を勧めてみたり、逆に枠が足りなければ「いやぁ、お子さんには必要ないと思いますよ」と言っているのが現状です。

 

どの段階で、どの同学齢一般集団に合流させるのか

手厚い自治体では、グレーゾーンの子であっても発達障害児としての支援が受けられます。

グレーゾーン未満であっても、母親が相談窓口を慎重に選び、親子の困り感を強調したプレゼンテーションをすれば、かなりの高確率で受給者証を手に入れられる自治体もあります。

「ほぼ自己申告制」で公的支援を受けられる自治体を羨む声もあります。

 

でも、いつか対グレーゾーンの支援は、外されます、というよりもむしろ支援を卒業してほしいのではありませんか?

であれば、どう利用するべきか考える必要があります。

 

「やっぱもういいです」 と言えますか

幼児時代は挫折と克服に最適な時期です。

胎児のときの記憶があるような子、映像記憶のできてしまう子のうち、一部は本当に絶対に挫折させずに育てる必要があります。

しかし、保護者との愛着形成がしっかりしていれば、適宜挫折を経験させ、かつ、乗り越え立ち直る経験をさせた方が予後が良いと思います。

 

※もちろん、誤学習に繋げさせない工夫が必要です。

その子の能力に比して大きすぎる挫折、挫折させっぱなしはハイリスクになります。

 

ここで言う挫折と克服は、自転車に乗れるようになる、いじめられっ子からクラスの人気者になると、といった人生の一大イベント的なものだけではありません。

寝返りをうてなかったのにうてるようになった、支えないとばたりと倒れたのに座れるようになった、

以前飲めなかった味のスムージーを飲めるようになった、

以前はすぐお風呂から出てしまったけれど41度のお風呂に1分浸かれるようになった、

知らなかったことを知った、

たまごみ、おたうたん、と言っていたのが「たまねぎ」「おさるさん」と言えるようになった、等々です。

 

ともすると通りすぎていくことも「達成、克服」です。

その前には、ささやかすぎて見逃されがちな「失敗、挫折」があるはずです。

このささやかな挫折と克服、見逃してはいけません。

 

多くのスタンダードな療育は、「出来た!」を重視しすぎています。

他者との比較をしたら罰せられるぐらいでいいのに、

「ほら!なんとか君、もう出来たよ!すごいね!」

いつまでも出来ない子にとってはメンタル削られる経験となりかねませんし、

ほめられている子も、出来ることが増えなくなるときが来て、何もかも無意味なような気がしてしまいます。

「出来なくて絶対に無理だと思っていたことが出来るようになった」あるいはさらにハイレベルな療育(何と申しますか、ほぼ宗教です)「出来なくても尊い」という感覚を伝えることを意識して接している者は、ごく限られた凄腕だけでしょう

 

結果を出せ!

一般に、事業の予算は毎年見直しがあります。

お付き合いはたった1-5年の短期間。

その間に事業の効果を示すためには、ほめる、という、中毒性の強い強い飴に偏った指導を行わざるを得ません。

 

そのため、上記のような「長期にわたる挫折・克服体験」をお子さんに認識させるよりも、出来た!に注目して、凸を促成栽培してしまいがちなのです。

このまま幼児期学童低学年期を終わらせてしまいますと、支援からこぼれていく思春期、青年期以降の困難さが激しく上がり、対応もものすごく難しくなります。

 

外される、はしご。 

発達障害者福祉の枠は、園、小学校、中学校、高校、就職、と年齢を経るにつれて狭まっていきます。

また、グレーゾーンとグレー未満の「傾向あり」のための福祉は、現在の一部自治体をピークとして、確実に減ると言われています。

 

誤解を恐れずに言えば、グレーゾーンの子が親に頼らずに生きていくためには、極端な話、「それなりに普通に社会生活を送れるようにするコース」、または「こじらせて重度の精神障害者になって福祉を受けるコース」、どちらかです。

 

現在グレーゾーンの我が子に、将来は重度の精神障害者になってほしいなぁと仰る親御さんはいらっしゃいますか?

繰り返します。福祉受給コースに軸足を置いたグレーゾーンは、今後福祉サービスのはしごを外され、行き場をなくします。

 

福祉枠で就職することのハードルの高さ(というよりは、門の狭さ)は既に明らかになりました

鬱病、発達障害の診断の裾野が拡がっていますので、今後さらに熾烈な「枠の奪い合い」が起きます。

 

就職支援事業を行う会社の誇る、障害枠就職も、現実は…

「一流大学卒で超一流外資系で滅私奉公し億稼いでいた人が睡眠2時間生活で抑うつ症状に→支援事業者の紹介のメンタルクリニックで重度うつの診断→障害者手帳受給→一流企業の障害枠で再就職(資産は十分あり)」

どうでしょう、福祉、期待して良さそうでしょうか。

 

甘くない、障害者年金

障害児として福祉で育って、

いざとなったら福祉で就職して、障害者年金で…とお思いかもしれません。

それもありですが、重い重い二次障害、鬱病や統合失調症の診断を得るなどして、それでやっとやっとゲットですよ。

しかも、精神障害者福祉は破綻するとみるのが妥当なぐらい、現在膨れ上がっています。

あれれ、親御さんが、グレーゾーンやHSP HSCのお子さんに思い描く未来像とはかけ離れていませんか ?

 

もしかして…なお子さんに必要なのは、公的支援ではなく、お子さんの身近な保護者の、長期的な育成戦略です。

「いつどこでどのように集団と合流させるか」のタイミングを、自治体頼みにするのは間違いです。

 

抜け忍のジレンマ

「たまねぎと言えなかった」というレベルを含めた小さい頃の挫折経験と、それを適切に乗り越えた経験、このセットを「認識させること」がとても重要です。

適宜公的支援を利用して、適宜公的支援を「卒業」して、普通に成長。このコースを皆さん考えていらっしゃると思うのですが、この「卒業」、抜け忍みたいなもの。

自治体や支援機関の台所事情により、抜けられなかったり、追い出されたり。難しいです。

 

発達支援事業者の経営サイドとしては、「以前より適応してきた状態」の軽度アスペルガー軽度ADHDの利用者は、とっても貴重な資金源という側面があります。

補助金が出ますので、進歩すればするほど、「在籍してくれたら、手間がかからず儲かる金の卵」となるからです。

 

現場の職員、支援者の愛着

心血を注いで愛着形成した対象ですから、我が子同様にかわいい存在です。少しでも長く関わり、より良い人生に繋げてほしいと願うため、手離したくないと思うものです。

 

知らぬは親ばかりなり

知見のない親御さんはどうでしょう。「療育から保育園幼稚園」「療育園から小学校」というように無意識に、発達と支援の段階を把握できないままに、適切でない環境に放り込んでしまうことがよくあります。

 

誰かのための加配の先生が付いていたとか、担任が発達扱いに長けていたために、サポートされ、問題が顕在化しなかっただけなのに、親は、成長したと思い込むという危険性について、誰も指摘しません

 

普通級でも支援級 情緒級 通級においても「あの親御さんは現実から目をそらしたいようだ」と見なされると、担任もいちいち問題行動を報告しなくなります(触らぬ神にたたりなし、寝た子を起こすな。直視したくないものを未熟な親に突きつけるのは、かえって危険というのは教員の保護者対応のセオリーです)。

 

社会性の低い子が、大集団との関わり方を学ぶためには、「大集団でのこぼれっぷり」をよく知る支援者が、1対1で、その子に合わせてプログラムしていくのが良いのです。

大集団にアクセスできる立場の者は、1対1の対応に時間を割くことが難しいものです。

よって、両方にアクセスできる立場の者は、必然的に保護者に限られます。

保護者に知識や受容力がない限り、寄せる力の低い子の、大集団における挙動を客観視し、対策を練る機会はほとんどありません。

関連各所が、親抜きで連携することは基本的にできないからです。

 

基本的に全ての情報を、親権者 養育権者が集約することになっています。

 

(それは、園や学校は人生における通過点、細切れの存在にすぎず、他ならぬ親御さんだけが、長期的継続的に接することができ、支援を続けられる可能性のある、唯一の立場だからです。

 

しかし、そのことを教えてくれる学校関係者、支援者は意外にいません。「家では普通なんです!」「集団での不具合調整は、学校の仕事だろう!」という批判を恐れてのことでしょうが…)

 

「学校とも支援者会議。療育とも支援の協議。そのたびに休み取らなきゃいけないなんて!」

「とにかく面倒。学校と児童発達支援事業所で勝手にやってほしい!」

と思われる親御さん、たくさんいらっしゃるのですが、原則的にはそれはできません。

「せめて、一堂に会して、一度で終わらせたい」

これはどうしてものときには行われることがあるかもしれませんが、それぞれ異なる組織に所属した人達を一ヶ所に呼び出して、

議論させるということは、

ものすごくコストがかかりますので現実的ではありません

(やってる地域は凄いなと思いますが、

でも面識ない人たちが話し合っても、

子供のためというより、会議が和やかに進むことが優先されちゃうんだなーこれが)。

 

「親が受け入れて、咀嚼した上で、他所に戦略的につなぐ」が基本です。

 

 

親に言えないことは、闇から闇に葬られる

発達支援の知識がある保護者は、集団における問題行動を、お世辞抜きで把握することの大切さを知っています。

そのために、保護者自身がスクールシャドーを行ったり、外注したりします。

 

学校教諭が保護者に遠慮して言えないことを、外注スクールシャドーは申し上げます、なぜならその役割を望まれての契約ですから。

 

婉曲表現を取り除いた現実を直視したとき、はじめて、どのような問題行動がどのようなときに表れるのか、見立ても含めて知り、分析することができます。

そして、改善のためのプログラムを組むことができるのです。

 

保護者が「先生はプロだから~」「教育は学校で~」というスタンスですと、学校側も周囲も、保護者への課題、家庭で行うべきトレーニングを提示することができなくなってしまいます。

「親にできることで向いてそうな手法を教えてくれ!!!」と宣言したほうが、まだ役に立つ話が聞けるかなと思います。

ただそれを言うのが専門家だと、「専門家がやれと言ったことが出来ない、ダメ親…」と凹む親御さん多い上、親御さん自身の育つ力を阻害してしまうことがあるのです。

親御さんの考え方が専門家と食い違ったときや、

専門家に縛られすぎてしまう方にも

ただのおばちゃん面談やただのおばちゃん電話を利用していただいて、

ご自身の対応力を伸ばして頂けたらと思います。

 

 

親や支援者との愛着形成の途中の場合、集団に所属(防御力ないのに実戦に投入)

するのがNG、これは皆さんご理解ありますよね。

ところが、

愛着形成十分、自他の境界、価値観の多様性がわかってきたなど、合流OKのサインが出ているのに、手厚すぎる「守り一辺倒」「ほめてほめて自己肯定感を育てる」といった支援を続けることの問題については、全く知られていません。

 

確かに短期的にはほめときゃいいんです。

でも、ほめ一辺倒は、恐らく怒鳴り一辺倒と同じくらいハイリスクなのです。

心の免疫力、防衛力の醸成期を逸してしまっても気付かれず、独り立ちしてから「過剰に傷付きやすい豆腐メンタル」が発覚してしまう、というリスクも知るべきです。

 

 

園や学校による、細切れの支援を受けさせるメリットとデメリット。

発達障害に関する法律が2004年にできて、合理的配慮が2016年に法制化されました。

叱らない支援の徹底が始まって影響が少しずつ見えてきた現在、歴史上稀な数の、「傷つきやすい子どもたち」が問題化しています。

 

子どもにとって何がいいかというのは、常識とは異なることも多いのです。

・普通児として園でバイオレンス教師が両肩持って揺さぶり脳シェイク

・ストレスから来る自傷。壁や床に頭をガンガン打ち付ける

・脳を萎縮させるような恐怖

 

このような、一般的には絶対NGとされることでさえも、個人差があります。

超高機能の特殊な子達にとっては、これらの対応、NGとは限りません。

 

脳の凸すぎる凸が緩和され、かえって特性によるトラブルを落ち着かせ、後天的な社会性の脳の育つ余地を作る効果をもたらすかもしれません。もたらさないかもしれませんが。

 

あくまでも印象ですが、高学歴家系に生まれ、社会適応に成功しているADHD男性は、子ども時代に高いところから落ちたり、車に激突したりしている率がすごく高いと思います。

他にも、ここには書けない話があります。

 

 

園、小学校低学年で、先生や同級生にボロボロに傷付けられ、家に帰って親御さんに癒されながら、荒波を乗り越えるための賢者の知恵を授けられる…

 

福祉を利用して一時的な安心感に浸るのがよいのか?

逆境を教材とするほうが向いているのか?

同じコストであれば凸を激しく伸ばすのか?埋まらない凹を埋めるのか?

 

全ては親御さんとお子さん次第です。 

ゆめゆめ、自治体の台所事情に委ねるべきではありません。

 

微力なただのおばちゃんですが、お力になれればと願っています。

 

※親の精神的ストレスの緩和は不可欠です。

いろんなこと、おひとりで背負っていませんか?
無資格のただのおばちゃんとして、お子さんのことを一緒に考えさせていただいております。

当面、面談2時間5000円、お茶代込み、東京23区内カフェ等で草の根活動しております。(延びてしまった場合はこちらのフォルトですので、追加料金は不要です)

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