「もしかして発達グレー研究所」凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

パターン記憶向き不向き

乗り越え方、考え方のパターンを、コンピュータ的な脳にプログラムするという手法があります。


** パターン記憶はろうそくの光

これは、発達支援に関わる人の中でも賛否両論あります。

否定派は、乗り越え方をパターン記憶させることで、自分で考える機会を奪ってしまう、というリスクを重くとっています。
そのインストールには、多くの手間暇と、多様な実体験とが必要になり、全てのパターンを完全にインストールできるわけではないため、暗闇でも、懐中電灯がなければ目が慣れる(感受性、処理力が高まる)のだから、懐中電灯を持たない方がいいのではないか、という考えです。一概には言えませんが、スポ根教諭など、根性論者との親和性が高いかなという印象です。
一理あります。この方法が向いている状況は想像できます。
完全な暗闇ではなく、LEDの強い光もそこにない、「ちょうどいい暗闇」であれば、乗り越え方のパターン記憶は不要かもしれません。


パターン記憶の賛成派は、成功体験がなければ自分で考えられるようにならない、という考え方とでも言いましょうか。成功体験というほど大げさな成功ではなくても、暗闇の中で一歩踏み出すことを怖がる子であれば、その世界のあちこちにろうそくをつけてあげるべきだ、という思いがあります。

 

パターン記憶した材料を使ったらうまくいった、という経験が、脳の負荷を減らし、そこで初めて自己判断機能の制限が外れ、開通するのではないかということです。

 

もともとはアスペルガー症候群の方向けの考え方で、現在リタリコや通級などで行われている療育にも共通した部分があります。

 

当研究所では、どちらも一理あり、お子さんや発達段階によって調整をするとよいと考えています。
おおまかに申し上げますと、本人はもちろん親御さんが困っている状況であれば、後者のパターン記憶を増やすことが有効なケースが多いと考えています。
社会の発達が所属集団よりも著しく幼い子の社会生活は、たくさんの地雷が埋まった暗闇の中で手探りで生きていくようなもので、修復不能な心の傷を負ってしまうことが少なくなく、ろうそく無しでの生活は危険極まりないからです。


** パターンをプログラムする、バグを修正する

プログラムの内容は、各家庭の価値観を反映すべきことです。
例を書いてみます。

場面・小学校のクラス。
自分と似た叱られキャラAと、優等生Bと、多数派Cをみて総合的に判断する必要があります。
ABCが同じ行動をしていたら従う、これはわかるでしょうね。
では、優等生Bは遊んでいる、その他ACはプリントをしている、だったら?
では、優等生B含む多数派Cはふざけている、自分と似ているしかられキャラAは、ふざけているBCに強い口調でやめなよっと言っている、だったら?
などなど想定して、臨機応変な行動指針の予習をさせておくのです。

予習通りの行動ができなくても、
「プログラム通りにしたけどうまく行かなかった」などという状況報告がしやすい、バグ直しがしやすいなど、一定の効果があります。
こうすることで、いじめられにくい挙動を取りやすくなります。

たとえがうまく行くかわかりませんが、「ちびまる子ちゃん」のキャラクターで言えば、
自分が丸尾君だとして、
A まる子 Bたまちゃん、大野君、杉山君 C藤木くん みぎわさん 永沢くん こはるちゃん

判断ができないときは、先生に聞くという選択肢+似た状況を1-3思い出して選択肢にしてその中から選ぶ、です。
※完全に同じ状況でなくても、近そうなら適用する。失敗したら、失敗パターンもプログラムに追加する、と教えることも必要です


** 「態度、姿勢」で身を守るという概念もインストール不可欠

次になにすればよいのかわからないとき等質問すると「自分で考えろ」と言われたり、
一生懸命臨機応変に空気を読んでいるつもりだけれども叱られてしまった、という時はあります。

わかってもらえない、傷ついた、と思うよりも、学びに変えていきましょう。

たとえ改善できる自信がなくても、はいすみません、ごめんなさい、今後気を付けます、と言ってよいのだ(少なくとも一般人はそうして、他者の感情という嵐をやり過ごしている)ということと、しょんぼり「反省」する「態度」「姿勢」を身に付けておく必要があります。
おうちのひとが、お子さんと一緒に練習してあげるとよいでしょう。

これができると、反省しているように見えます。
反抗的だと思われなくて済みます。

「反省してないと言われる、自分ばかりがきつく叱られる、誰もわかってくれない、みんな敵だ」等というイライラスパイラルに陥らずに済みます。

そうすると脳の負荷が減り、視野を広くとることが可能となり、自己を客観視する脳の余力を得やすくなります。

 

改善できなくても反省はできるのです、バランスの問題を忘れるわけにはいきませんが…。
「改善の約束はできません。ですから反省はできません(ドヤ!)」
というのはトップエリートの世界ではまあありなのでしょうが、庶民は、反省してもなかなか改善できず、何度も間違い、そのたびに詫びているものです。

特に、子ども時代は、それでいいのです。


1回しか間違わないように心がけていて、なおかつそれを実行できているのは人口の1パーセントもいないので、アスペルガー傾向のあるお子さんが今その境地を目指して心折れる必要などありません。