「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

なじめない、生きにくい。そんな子達の青い鳥ドコー?志村!後ろ後ろ!

国語力2 誰も教えてくれない得点力を伸ばす読み方

ただのおばちゃんです

「本を読む子は国語ができる」
「頭がいい子は本を読む」等と言いますが、
おばちゃんに言わせれば、語弊ありすぎ。

読書は万能ではありません。
読書と一言で言いますがそこで行われている脳の活動は多様で、毒にも薬にもなります

国語力得点力の伸びる読み方と
伸びない読み方があります
読書しないからといって国語を諦めないでください
読書するからといって安心しないでください

読書は、量より読み方

読み方には、大きく分けて4つの要素があります

(多)多読となりやすい読み方
(疲)疲労感が強く、読む体力が伴わないと読むことが辛くなる読み方(消耗が激しい読み方)
があると言えます
また(多)(疲)それぞれに
○国語力得点力、生きる力につながりやすい読み方
×国語力、生きる力につながりにくい読み方

が存在します。


ざっくり申し上げて、
読書をたくさんすることによって国語力が伸びるのは
多○、疲○のタイプだけです。
多×(たくさん読むが国語力生きる力につながらない)、疲×(疲労感を伴う読み方、しかも国語力に繋がらない)のタイプは、
読書から
国語力や生きる力以外のものを得すぎる傾向があります
下手すれば、読書すればするほど、どんどん生きづらさの沼にはまります
注意深く見守って
場合によっては早期に介入し、軌道修正を行ってください

「多読のパターン」

多読になりやすい読み方は、
疲労感を伴わない読み方でもあります
(例外はあります)
以下の読み方と影響があり得ます

1 あらすじが取れる読み方

本筋、概要をとらえる読み方→○ まとめる力アップ

2 王道に沿った読み方

大人が読書に求めるものと子の知りたい情報にズレがない、あるいは望ましい価値観に近づいていこうとする読み方、横道にはまらず本筋に沿う読み方、をし、読みとったことを自分なりに活かそうとする読み方

→○ 情報処理能力アップ
漢字に興味があるなら漢字特に読みアップ
人間性アップ
※スポ根マンガから漢字力、努力友情勇気を得られるタイプ、のび太を見て「気を付けよう」と思えるタイプ

3 想像力優位の読み方

書いてあること以上にふくらませて情景を思い描く、
自分の空想物語を上書きする、「こうすればよかったのに」と突っ込みをいれる、なぜこんなことをしたのか登場人物の言動の原因を想定する、
等々、自分の考えを織り混ぜて読み進める読み方

→△ 想像力、創造性アップ※国語得点力とはあまり関係ないがクリエイティブな力を蓄え、将来の進路によっては○になる。
問題を解くにはマイナスになりやすいのでここでは△とした

読書好きなのに点が取れない女子に比較的多く見られるタイプ
人に対する理想や期待が高くなりやすい点に気を付けるとよい

4 結論を急ぐ読み方

大人子供に限らずADHD、アスペルガーの傾向ありの人、理系脳、男性脳に多め。
結論を急ぐ。最初から「で?結末は?」という読み方。

→× あまり残らない。ただし最初に犯人が誰かを確かめてから、布石を拾いながら読み進めるタイプは分析力調査力が伸びるので○

5 今を生きる読み方

場面ごとに会話のやり取りを楽しむだけ

→× あまり残らない。この読み方による読書に時間を注ぎすぎると運動、社会性など大切な実体験の機会損失につながる可能性がある。
親は意識してリアルの世界を見せて現実と虚構を対比させバランス感覚を養うべき。

6 読み上げソフト的な読み方

文節や文字を追うだけ

→× あまり残らない。5同様、もし時間を注ぎすぎると、運動、社会性など大切な実体験の機会損失につながる可能性がある。
親は意識して本の世界の外、リアルな人間関係へ連れ出し、バランスをとれるように導く必要がある

7 反社会的読み方

望ましくない価値観を拾ってしまう読み方

→× 本を自分で選ばせ一人で読ませてばかりいると、社会通念から遠ざかりがち。
最も予後が悪い
親は覚悟を決めて早期介入を考えたほうがよい


ドラえもんを読んで、自分のところにもドラえもんがいたらよかったのにと思って終わりなタイプ
友情を描いた本を読んで、(自分が人格形成のための努力をしていないことを棚に上げて)自分にはこんないい友達がいない、自分は不幸だ、と感じてしまうタイプ
ジャイ子と結婚=人生の失敗、しずかちゃんと結婚=人生の成功であるというこだわり思考
主人公を自分と重ね、登場人物を敵と味方にはっきり分け敵サイドを許せないと考えるタイプ


上述1-7の読み方は、本人が納得感を感じるなりして脳が快感を得ているため、疲労を伴わないことが多いようです。しかし、気を付けてください。多読になりやすい読み方は、落とし穴たくさんありますよ。

「読まなくなりやすいパターン」

一方、
エネルギー消費と疲労感が伴うため、読書から
遠ざかりやすくなりがちな読み方は 以下の通りです。
(読む体力を身に付けると読めるようになりますが
達成感などの快感が伴わないと続きません)

8 ズームの強い読み方

場面毎の細やかな心象や表現をとらえる読み方

→○ 正確性、国語得点力アップ
それなりに読書経験を積まないと、新しいことばかり何百ページも続くように思われ疲労困憊、途方にくれることがあります

9 王道から外れて知識を拾う読み方

本の本筋から外れ、未知の言葉や表現方法、
背景文化等を拾って記憶する読み方

→○ 知識、表現力アップ、多様な価値観を身に付ける
8同様、学年相応の読書経験がないと、疲労困憊してしまいます

10 どっぷり耽溺してしまう読み方

感情移入しすぎてしまう

→○ 感受性アップ
表現力があれば評論力アップ
ただし、ひたる本や本人の認知の傾向によっては、現実に生きる自分の価値を否定してしまう危険もあります
例、海賊ルフィと仲間たちを敬愛するあまり、自分がウソップ未満の下らない人間に思えてしまう、ウソップをバカにすることで自己を保とうとする
主人公に恋をして、現実的なことを考えられなくなる
現実が無味乾燥に感じられる、など

分析を生かそう

今の読み方のままで伸ばせる力と
伸ばせない力があります

まずは
今の読み方と。それにより
伸びた力にフォーカスしましょう

その上で
他の読み方に
チャレンジしていく必要があります

状況に応じて、
○につながる読み方を
バランスよく使い分けることで
初めて、総合的な
国語力得点力がついていくわけです

多く読めばよいわけでは決してないです


むしろ
「様々な価値観、立場から見ると、同じ物事が異なって見えることを知ろう」
という意図を持たずに
ただただ読書を続けると
偏りが偏りを呼び、
とんでもなく偏った人間に育ちかねません

自力でバランスをとれないタイプのお子さんが
多読を始めたら
その子の社会適応力は危険信号です

本を読まない子

本をあまり読みたがらない子のなかにも
細やかな心象や表現を
身に付けながら読む子
未知の表現や価値観を
一つ一つ大切に拾う子がいます

たとえ読書量が少なくても
「どの力が不足しているか
把握する
(親が子どもを観察する=子どもから教わる)」
「読み方を意識する
(読み方を意識させることのできる人と
共に読書、絵本鑑賞等
意見交換を楽しむ時間を適宜とる)」
このようなかたちで、
国語力、国語得点力、
ひいては生きる力を伸ばしていくことができる、
というのが私の意見です

本を読まない子は、本から承認を得ていません
その代わり、親の承認が有効であることが多いです
一緒に楽しみながらであれば
本に触れてくれる傾向があり
かえって国語力を伸ばしやすいです

読書の弊害

読み方は、個性が強く出る部分です

「読み方を教える」ということは
個性と自主性を殺ぐことであるとして
普通の子を育てることを原則とした教育論では
一様に否定的です

このため
一般的には、偏った自己流のままで
ひたすら量を読むことが「読書」として推奨されています

確かに「自分の考え」を持つには
自由に読み学ぶことが必要です
しかし
発達のバランス
認知の癖によっては
「こう読み取るべきお話だったんだよ」と
後から勝手に
結論を
押し付けられたような気がしてしまうのです

先生が悪いのではありません、
学校教育の根幹を支えているのは
同調圧力です

国語という教科の
集団指導におけるメリットでもあり
集団に身を置く以上
結論を押し付けられる不快感も、織り込むべきことです

しかし
個性の強いタイプにとっては
結論を押し付けられることは
ものすごく苦痛です

周囲が同調圧力によって形成した
共通認識と
自分の読み取った世界が違いすぎて
困惑してしまうことも多々あります

困惑が積み重なることで
不安の強い人になります

不安の強い人は
社会性を失いやすく
怒りや拒絶、排他、自閉、
こだわりの強化など
強すぎる方法で
他者に向けて不安や不快感を表現してしまいます

こうして、他者に避けられる事態に
陥りやすくなります
自分から現実世界の人間を避けるようになることもあります

逆に生身の人にこだわりすぎるようになる人もいます

こだわりは、読み方に強く表れます
これを
学校教育では無視しています
ひとりひとりのこだわりに
いちいち取り合っていられないからです

読み方へのこだわりを緩和する

こだわりを適宜緩和し
調整するためには
「子どもからものの見方を教わる」
「多数派のものの見方を伝える」
「親のものの見方を伝える」
「どれもそう見えているのは事実であり、
間違っているわけではない
今の自分の力を伸ばすには
どうすればよいか」
といったトピックを親子で学び合う
プライベートな時間が必要です
難しい文章は必要ありません

幼児期の読み聞かせのデメリット

幼児期の読み聞かせも、親子の価値観を確かめ合い、時に思考に介入して、
こだわりを和らげるためのひとときとして大切です

ところが、言語へのこだわりが強く
自分の思考を言語化しきれない子の場合、
読み聞かせされること自体が
一方的な価値観の押し付けになってしまいます

これにより、本人が混乱したりフラストレーションを溜めたりしてしまう場合があります
その場合も、無自覚に読み聞かせをすればするほど本嫌いにさせてしまいます

教科書の音読は偏りを強めるだけ

教科書の音読では、もともとの本人の読み方が強化されます。
ですから、もともと〇の読み方を行っている子は
音読経験である程度まで伸びます

しかし、
国語の苦手な子のうち
主に4,5,6の読み方をしている子は
いくら音読させても
国語得点力は伸びません

そうこうしているうちに
音読してるのにダメなんだから
自分は国語が苦手だと思い込むでしょう

苦手だと思ってしまったら
得意にさせるのは長い道のりとなります

苦手だと思わせてしまったとき
すぐに
好きにさせようとか
苦手でなくさせようとは思わず
「まあ、しゃーねーなー
やるかぁ。おえー」
位を目指してみてはいかがでしょうか

読書は誤学習の宝庫

読書は
素晴らしい経験をもたらしてくれますが
一方で誤学習の宝庫でもあります

(ゴロゴロしていればドラえもんが来てくれるかも、
のび太のような自分には悲惨な人生しかない、
正義のためなら暴力OK、いつか王子様が、
愛や友情は命より大事、等)

読書を通して、 お子さん自身の脳に
適切なごほうびをもたらせるように介入すれば
本を読むようにはなりますよ

しかし
本の世界もまた一面的であるという視点もまた
必要ではないかと思います

「読書は良いこと」とは限らないのです

国語力の行き詰まりは、成長のチャンス

国語で行き詰まらなかった場合、
認知の歪みに気づけないまま
大人になってしまうことがあります

思春期前に
国語能力で行き詰まれば、
親御さんが介入し、バランス感覚を植え付けることができます
こうして、読書による誤学習スパイラルを防ぐことができます

個性を見極めた上で
「世の中には多様な価値観が存在していること」
「どんな価値観にも、
そこに至った経緯や意味があること」
読書を通して知るべきことはたくさんありますが、
この視点は親から子に示してあげて下さい
(自分で気付くときには時すでに遅しというケースが多発しています)

まとめ

読書から学べる子も学べない子もいます
読まない子、読んでるのに学べない子もいますよ
観察してあげると
なぜ読書から学べないのか
あるいは
なぜ読書が嫌いなのかわかりますよ
そうすれば手のさしのべ方が見えてきますよ
という投稿でした
読んでくださりありがとうございました!

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