「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

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目指せ桃源郷?2 合う学校、まだまだ探す気ですか?

目指せ桃源郷?1 宇宙人歓迎の中高一貫 - 「もしかして発達グレー研究所」 凸凹ハートの幸せを考えるブログ by QOLT

こんにちは、ただのおばちゃんです
「合う学校」
それ、幻想ですよ。

安定経営あっての学校

目指せ桃源郷?1宇宙人受け入れてます!のブログでは
経営方針があまりぶれない、
つまり校風が当分変わらないと言われる
私立中高一貫を挙げました

しかし、そうは言っても学校は、経営あってのものです
時代の要請にこたえたり、 その揺り戻しなどで
入試の方針は揺れてしまいます

「変な子、ウェルカム!」
という問題を出したかと思えば
「支援や個別対応が必要な変わった子が多過ぎて
これ以上リソースが割けない…
今年は普通の子にとって有利なテストにしよう」
というような大人の事情で
入試問題も校風もブレかねません
生徒、教員のキャラクターは一定ではありません
一概に申し上げることができないのです

進学実績上げるため
突き抜けた個性的な子ウェルカム!な入試問題を
出しておきながら
突き抜けた子を扱うノウハウのない学校…

あるいは
個性的すぎる子を
「自主性、自己責任」という美しい言葉で隠して
6年間かくまい続け、
実質放置・スポイルしてしまう学校…

「面倒見」という甘い言葉のもと
その子のキャパシティを超えた課題を与える学校…

先程挙げた
宇宙人御用達の学校でも
「うちの宇宙人に合うでしょうか」と聞かれたら
わかりません!
とお答えしています

まあ、ここでダメなら、考え方に介入しない限り他でもダメだと思う、みたいな学校はありますけどねぶっちゃけ。

根本的な考え方

ごめんなさい、
せっかく読んで下さっているのに……
がっかりさせてしまったと思います
ここからは物事の考え方の話になります

育てにくいお子さん、生きづらそうなお子さんをお持ちでしたら、

学校に依存しないことです


私立名門幼稚園障害お受験のエントリーにも書いていますが

名門と呼ばれる学校群の保護者の特徴として

「我が子のために学校側が変わるべきという期待はしない」

「学校に育ててもらうためには、学校の想定する生徒像に、家庭の力で寄せていかねばならない」

という文化があります

その文化によって、かえって高次元の信頼関係が守られてます

集団の役割と限界

どんなに自由な学校であっても
集団です

空気を読む力…
同調圧力…
集団洗脳…
異物排除…
見えない、奇妙な力に縛られて
初めて体をなすものです

上を目指す集団には必ず「型」があります
「型」の提供こそ、学校の役割と言えるかもしれません

「型」にはまれる子や
はまれないまでも「型」を認識して
自分をその型に寄せていければ
その集団にいる恩恵を
たくさん受けることができます

合う学校はない

「合う学校」
とみなさんおっしゃいますが、
実際何をもって合うというのでしょう?

中学受験を希望なさる
お子さん、親御さんと話しておりますと
必ずと言っていいほど上がるのが
「ひとりひとりの個性を認めてくれる」
「無理なく馴染める」
「自分で考える力を身に付けさせてくれる」
「本人の望む進路の実現が可能」
つまり
「ありのままでいられる心の居場所であり
なおかつ無理なく学力と自主性を伸ばして
実力以上のいい大学に押し込んでくれる」

こんな一個人に都合のいい一斉教育機関、
あり得ますか?

一斉教育で伸びる個性って、
その集団にとって有益な個性だけ
と思っておいた方がいいですよ
例外はありますが、ギャンブルですよ…

少なくとも
認められる経験が少な過ぎて
素直さがすり減っているお子さんにとっては
ファンタジーです


ありのまま?
学校って集団生活ですよ

無理なく学力伸ばす?
努力なしで伸びると思ってます?
無理なく伸びるのは努力当たり前な子だけですよ?

実力以上のいい大学?
社会性が足りないと
プライドの肥大と 挫折、
メンタルの大波にひとりぼっちで耐えられますか?
精神的に支えてくれる支援者がいればいいですが
その頃には親の精神サポート力は激減しています


まして、
同調圧力に乗れない変わったお子さんを
仕事を通してご本人らしさを発揮できる
大人に育てたければ

学校に依存、丸投げはいけない

と、思います

・ありのままでいられる心の居場所としての役割
・学力を伸ばす役割
・自主性を伸ばす役割
・行きたい進路へと導く役割
これ全部いきなり「学校にお任せ!」って
無茶振りというものですよ…

ダメ親であることから始めましょう!

親力を鍛え上げましょう!完璧な親になりましょう!なんておばちゃん言ってません
むしろダメ親であることを認めるところから始めましょうと申し上げています

子どもが自立できなかったとき、大損害を被る立場である親でさえ
子どもに全力を尽くせないのです

親より縛りの多い立場である他人(教員、同級生)には、
期待しないほうがいいのではないでしょうか?と申し上げたいのです

もしかして……の育ち方

中学受験を終えた親御さんは
学校の理念(=営業トーク)に浮かされています

「教育力」を信頼するあまり
無意識のうちに
育成を丸投げしようとしてしまいがちです

これは悲劇のもとです

学校は小さな社会です
社会の一員となるわけですから
最低限身に付けておかなければならない
型に合わせる、寄せる
このスキルは
手間隙お金をかけて
各家庭で補う必要があります


そして
その学校の生徒らしい子に育ったな~
となってはじめて
学校の教育力の恩恵を受けることができるのです

それが発達障害グレーゾーンや
もしかして発達障害?という子の育ち方だと思います

学校の教育力によって、その学校の生徒らしくなる
という順序で育つのは、
凸凹少なく社会性のあるお子さんの場合です…


学校の型に合わせるなんて無理、と思われたかと思います
私もそう思います

でも学校が楽しいと思えると
学校の価値観を取り入れる意欲が出てきます

学校の楽しさの大部分は承認で出来ています
ただ小学校低学年と違い、
承認がインフレしてますから、先生の承認だけでは不足してきます

承認欲求の肥大と不足に気を付けつつ
どこの学校でも使える、居場所の見つけ方を考えていくのが次のエントリーです
www.asdadhd.jp
読んでくださりありがとうございます
親御さまお子さまが穏やかな日々を過ごされますよう
いつも祈っています
(きれいごとではなく、マジで)